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右側にいた銀髪の不良と左側にいた黒髪の不良がオラつくように突然乱入してきた第三者に絡みに行くのが見えた。ぼくは、聞き覚えのあるその声に、魔法でも掛けられたかのように動くことが出来なかった。どくどくと狂ったように心臓の音を聞く。
なんで、とやけに冷たい汗が頬を滑り落ちた。
ガツン。肉と骨がぶつかるような音が響いて、金髪の不良が尻餅をついた。
恐る恐る顔をあげる。そこには、ぼくが交流を断ち切った幼馴染みの姿があった。
彼が尻餅をついた不良の胸ぐらを掴み、引き上げたかと思うと、もう一発パンチをその頬にお見舞する。鈍い音がまた響いて、口でも切ったのか、血が舞った。
予想外の人物の登場に頭のなかが真っ白になり、ヒュッと息が出来なくなる。
なんで、と無意識に零れた声は、無様にも震えていた。
「な、だ、なんだよお前!? 誰だよ!?」
堪らずといった風に銀髪の不良が叫ぶ。それを受けて幼馴染みが胸ぐらを掴んでいた金髪の不良から手を離す。どしゃりと糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた彼はどうやら気絶しているようだった。ぴくりとも動かないそれをつまんなそうに幼馴染みが眺め、ポケットに両手を突っ込んだあと、残りの二人へとガンを飛ばす。
「──やるっつっーんなら、手加減しねぇぞ?」
隠しきれない殺気を孕んだ低い声に静かに問われ、銀髪と黒髪の不良がたじろんだように顔を見合わせる。それから気絶している金髪の不良へと目線を落とし、勝ち目はないと悟ったのか、青褪めた顔で首を横に振った。
その様子に興醒めしたのか「チッ」幼馴染み──朝倉燈也が舌打ちを落とし「さっさと行け」顎で命令する。それを受けて銀髪と黒髪は「「すっ、すんませんでしたっ!!」」悲鳴のような謝罪を置いて、金髪の不良を二人で担いで、足早に逃げ去っていった。ぼくを路地に連れ込んだときとはえらい態度の変わりようだ。
小さくなる三人の後ろ姿を見送ったあと、恐る恐る正面へと目を向ける。
燈也と一瞬、目が合った。しかしそれは素早く逸らされる。ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような痛みが走った。自業自得だけど、分かってるけど、それでも痛い。
少し目を伏せ、小さく唇を噛み締める。そうじゃなきゃ泣いてしまいそうだった。
燈也の容姿は中学生の頃と較べると随分変わっていた。ぼくと大して変わらなかったはずの背はいつの間にか伸びていて、肩幅も広くなっていて、顔も大人びている。
染めたのか、昔より明るくなった茶色の髪。前髪を左右に分け、黒ピンがバッテンを描くように右側の髪を留めている。
学校帰りなのか、それとも遊んできた帰りなのか、どっちなのかは判然つかないけど、燈也は制服を着ていた。大分着崩しているらしく、学ランの下はシャツではなく、白のパーカーだった。その制服姿にまたしてもぼくの胸は締め付けられる。風真に目を付けられる前『一緒に受験しようね』と約束した高校のそれだったから。
スッと踵を返した彼を「待って!」思わず引き止めてしまった。
ぼくに話しかける権利も資格も無いことは分かっている。
だけど、せめて、助けてくれたお礼だけは言いたかった。
ピタリと燈也が足を止め「勘違いするなよ」冷たさだけを纏った低い声が空気を震わせる。ゆったりと燈也が肩越しに振り返り、忌々しげにぼくを睨みつける。
「別にお前だから助けたわけじゃない」
「っ」
拒絶するような声音の冷たさと嫌悪しかないその瞳に言葉を飲み飲む。
言わなきゃいけないはずのお礼の言葉は喉に張り付いて出てこない。それどころか息すら上手く出来なかった。ぱくりと小さく唇が開いて、結局、なんの音を発することなく、閉じられる。そんなぼくを見てますます燈也の瞳が不快げに細められる。
なにか。なにか、言わなきゃ。やめとけばいいのに、気持ちだけが焦り、空回る。
ぼくが一歩前に踏み出すと、面倒くさいものから逃げるように燈也が背を向け、歩き始める。燈也の歩みは遅く、大股でニ、三歩進めば容易に追いつけるはずなのに。
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