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そこには昔から図書館があった。急に建ち、外観も今と一切変わらない不思議な図書館。「行きたい」と母へ言っても、疑問に思う顔しかしないことを、僕はずっと疑問に思っていた。なぜ通じないのだろう。その答えは、つい先日分かった。
僕は真実を確かめに、そこへ向かった。
「あの」
「また来てくれたのですね。嬉しいです」
「今日はあなたに聞きたいことがあって来ました。答えてくれますか?」
「ええ、もちろん。何でもお答えします」
僕は容赦なく質問を放った。
「ここは何なんですか?僕にしか見えないようですけど」
「さすがですね。そう、ここは貴方にしか見えない空間です。なぜなら、ここはあなたの『心象世界』なのですから」
「は?『心象世界』…?」
「はい、そうです。この世には『心象風景』という言葉があります。ですが、それはあくまで『心の中に描かれた世界』。心象世界とは、それが可視化された世界を言うのです。心象世界は人間がある程度成長すると見えるもので、全人類が見えるものです。そしてそれは、その人間の成長過程で特に執着したものが核になります。あなたの場合は『大量の本』。したがって、あなたの心象世界は図書館となったのです。そして、私は碧。あなたの心から生まれ出た存在、というわけです。ご理解いただけたでしょうか?」
そうだ。僕は昔から様々な本に親しんできた。その『心象世界』とやらが図書館となってもおかしくないぐらいに。
「ま、まあ大体理解できたと思うけど…疑問があります」
「はい、何でしょう?」
「ここが僕の心象世界とやらなら、他人には僕が何もない場所で独り言を言っているように見えているんじゃないですか?そうだったら恥ずかしくてたまらないんですが……」
「ああ、そのようなことでしたらご安心ください。人間は心象世界に入ると、一時的に現実世界から存在自体が抹消されますので」
ここは「それは良かった」と言うべきなんだろうけど、彼女の言葉の意味を考えると、些か恐怖を覚える。
「抹消される、って…?」
「そのままの意味ですよ。貴方がこうして心象世界にいる間、貴方の両親や友達、先生たちの記憶から貴方の存在が抹消されるんです。無事に帰れば全ての記憶は戻りますので、ご心配なく」
「つまり、ここは一種の異世界ってことですか?」
「簡単に言えばそうかもしれません」
なるほど、理解した。この場所は人間が一人ひとり持っている異世界なのだ。僕は本の異世界だが、周りにはゲームの異世界だったり、スポーツに関連した異世界だったりする人間がいるんだろう。
どうやらこの『心象世界』は、小学校入学時、すなわち生まれて6、7年ほど経った頃に見え始めるらしい。確かに僕もそうだった。幼稚園の頃から絵本に興味を持った僕は、小学校に入学後、その異世界を指さして「行きたい」と言ったのだ。
それにしても、この女性。どこかで……
「あなたは……僕の心から生まれ出た存在、でしたね」
「はい。貴方が幼い頃、一目惚れしていた子が依代ですよ、ふふ」
「やっぱり。どうりで面影があると思いました」
「覚えていらっしゃるのですね」と女性は言った。
「まあ、はい」と僕は返す。
もう親しい間柄になった雰囲気が出ているが、僕にはまだ聞きたいことがあった。
「もう一つだけ教えてください」
「はい、何ですか?」
「この前あなたが僕に見せてきた、この図書館の歴史についてです」
「なるほど。確かにその説明はしていませんでしたね。せっかくですしもう一度、あの場所へ向かいましょうか」
僕は彼女に釣られるように、重い扉へと歩いていった。
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