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それでも、彼女のアイデアに賛同する者は少なくないらしい。研究室を自由に使っているのは何よりの証拠だろう。松田キヨ子が大切にしていた逆泉あかねいもは、そう遠くないうちに地域の名産品として返り咲くと信じたい。
ところで、報酬どうなったの? 生活が懸かってるんじゃなかった?
「おう。着手金は貰ったぜ。あとはまぁ、こいつの成果次第かね」
大鉢から芋をひとつ摘まんで口に放りながら、柴本が言う。あれ、ビミョーな顔で首傾げてどうしたの?
「やっぱり、ばあちゃんの味とは何か違うなぁ」
具体的にどこが違うのかと、わたしが問うも
「どこって言われても、上手く言えねぇんだけどよ。なんかこう、全体的にもっと旨かったんだよ」
やっぱり材料かな? あかねいもじゃないと出せない味なのかも。わたしの言葉に柴本は
「かもな。簡単な料理だけど、キヨ子ばあちゃんが作ってくれたのは二度と食えねぇんだ」
ふっと遠い目をしながら返す。
去年の2月末、朝、自宅の布団で冷たくなっていた松田キヨ子を最初に見つけたのは、柴本だったと聞いている。端末のカメラロールの中、しわだらけの顔いっぱいに優しい笑みを浮かべる老女を思い出す。
その彼女が、大切に保ち続けていたものが復活の兆しを見せている。それは遺された人々にとって希望や喜びとなることは、間違いない。
「さ、早く食おうぜ。冷めねぇうちによ」
いつもの朗らかさを取り戻した柴本に頷いて、わたしは席につく。
汁物は野菜がたっぷり入った粕汁。これもまた松田キヨ子から教わった一品だそうで、まだ寒い夜にはぴったりだ。
それと、炊きたての白いご飯。
いただきます。
もう戻って来ない人達が遺してくれたものに、陰に日向に助けられながら生きていく。
そうして、いずれはわたしや柴本もまた、誰かに何かを託して去って行くのだろう。
この日、柴本が作ってくれた料理は、どれも体の奥深くにまで染み渡るような味わいだった。
(了)
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