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第4話:ムシ
時刻は午後十一時をまわっていた。ナオトは二階の自室でベッドに入ったが、電気はつけたままにしていた。今春に中学二年生になったというのに、電気を消して眠るのが怖いのだ。
しかし、それにはある事情があった。
この界隈には間近一年でたくさんの戸建住宅が建った。最終的には百戸近い家が建つという新興住宅地なのだ。住宅の評判と売れ行きはそこそこ良好で、ナオトの両親も約三十年の住宅ローンを組んで購入した。
前の住まいはせせこましいアパートだったため、ナオトは端から自分の部屋なんて諦めていた。しかし、ここは三十五坪強の二階建て木造住宅だ。引っ越してから憧れの自室を割りあててもらっている。
だから、当初は新しい家を気に入っていたし、引っ越しできたことを喜んでもいた。だが、最近はうす気味悪さを感じている。あるときから彼らの気配を感じるようになったからだ。
はじまりは今から半年ほど前だった。夕食のあとに自室でスマホをいじっていると、顔の横で小さな虫が数匹飛んでいるように見えた。しかし、そちらを振り返っても虫なんていない。だから、気のせいだろうと深くは考えなかった。ところが、それを境に何度も何度も同じようなことを経験するようになった。
風呂に入っているとき、食事をしているとき、テレビを見ているとき――視界の端に虫が見えてそちらに目をやる。しかし、虫なんてどこにもいない。朝も晩も関係なく虫が見えて、一日に幾度となく振り返った。だが、いつも虫なんていなかった。
目の病気ではないかと疑ってみたが、虫が見えるのは家にいるときだけだ。もし、目に異常があれば学校などでも虫が見えるだろう。そう考えながらも念のために病院で検査を受けてみたが、結局は目にこれといった問題は見つからなかった。
そうこうするうちに、別の現象も現れはじめた。虫の羽音が確かに聞こえるのだ。しかし、やはりどこをさがしても虫なんて飛んでいない。さらには、モゾモゾと虫の這う感覚が手や足にあるというのに、身体のどこををまさぐっても虫なんていない。いつしかいるはずのない虫の気配を、四六時中感じるようになってしまった。
だから、ナオトは電気を消すのが怖くなった。一旦電気を消して次につけたとき、部屋中が虫だらけになっている。そんな光景が脳裏に浮かんで、いつしか電気を消せなくなった。
しかし、なぜ、いるはずのない虫の気配を感じるのだろうか。ナオトはそれにかんして少し思うところがあった。
この界隈は何年か前に住宅地として開発されたのだが、それまでは鬱蒼とした雑木林が広がっていたそうだ。
今は廃校となったS小学校の通学路の途中に砂利を敷いた小道があった。砂利道の右手側には古くさい家と空地が連なっていたが、左手側の一帯には鬱蒼とした雑木林が広がっていた。その雑木林を開拓してつくりあげたのがこの住宅地で、雑木林だった頃には虫取りをする子供たちの姿がよく見られたという。
雑木林には数え切れないほどの虫が棲んでいたはずだ。すべての樹々を切り倒して住宅地に開拓したさい、それらの虫はどうなってしまったのだろうか。ほとんどの虫が死んでしまったに違いない。
人間がこれから家を建てて住むために、それまで棲んでいた虫たちの命を奪った。数百、数千、もしかしたら数万。膨大な虫たちが犠牲になったことだろう。
彼らの魂がまだこのあたりを彷徨っているのではないのか。ときおり感じる虫の気配は、きっと――。
ナオトはそんなふうに思うのだった。
了
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