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連れていきたくなる
「直哉、なの?」
そうっと問いかけた私に、直哉は彼が困ったときにする癖、右手で首を撫でるを繰り返しながら、ああ、とぶっきらぼうに答えた。
「呼ばれたから。ってか、美鈴、お前、しばらく見ない間に随分痩せたな。ダイエットもほどほどにした方がいいぞ」
「だ、誰のせいだと思ってんの! あんたが」
あんたが死んじゃったから。
出そうになった非難の声を飲み込むと、その言葉が聞こえたように、直哉は唇の端っこだけ持ち上げて笑って、ごめんな、と囁いた。
「まあでも、会えてよかった。心配してたんだ。お前、どうしてるかな〜って。毎日毎日泣き明かしてんじゃないかな〜とか。お前、俺のこと大好きだったもんな」
「誰が! 誰が大好きっ……」
言いかけて涙が喉に絡み、言葉が止まる。嗚咽を漏らす私を見下ろし、直哉が呟いた。
「あの日、行けなくてごめんな。ちゃんとお前の話ってやつ、聞きたかったけど。聞いてやれなくて」
あの日。
直哉と待ち合わせていたあの日。
待ち合わせ場所にしていた駅前のカフェに直哉は現れなかった。カフェに来る途中の交差点で事故に遭って、帰らぬ人となってしまったから。
「私が呼び出さなければ、直哉は死なないで済んだの?」
ずっと考えていた。
もしもあの日、約束をしていなければ。
私が、告白しようなんて思っていなかったら。
直哉は、あの交差点を通ることもなかった。
「私の、せい、だよね」
ひび割れた声が零れ落ちる。目の前がぐるぐると回るような絶望感が全身を駆け巡る。
直哉はしばらく黙ってから、ふうう、と息を吐いた。
「いや、究極的に言うとお前のせいかもしれないけど、あそこの交差点通ったのは俺の都合。だからお前のせいじゃない」
「なに、究極的にって……」
「それはまあいいって。そんなことよりさ、お前、やっぱ緑色似合う。っていうか、今日のその恰好、すごく」
すごく、と言っきり直哉はふいに口を噤む。直哉? と呼びかけた私に、直哉は緩く首を振ってから目元を綻ばせた。
「俺さ、そろそろ行かなきゃ、なんだわ」
「え、もう?!」
頓狂な声を上げた私に、そんなムンクの叫びみたいな顔すんなよ、と直哉は憎まれ口を叩く。そんなひどい顔をしたのだろうか。頬を押さえる私の前で、直哉はにやっと笑った。
「そういう恰好、普段からしろよ。そうしたらもっともてるんだから。お前のこと良いって言ってるやつ、結構いるんだぜ。気づいてないだろ」
「知らないし! 別にそんなのどうでもいいし! 私は直哉が!」
「美鈴、ストップ!」
直哉がふいに声のトーンを上げる。びくっと肩を震わせた私に、直哉は笑って首を振った。
「それ聞いちゃうと、俺、連れて行きたくなっちゃうからさ。お前のこと、あっちに」
あっち。
何気ない仕草でひょい、と天を指してみせてから、直哉は再び右手で首を撫でた。
「連れてっちゃったりすると、いろいろまずいんだよ。本当はここに来るのも違反ぎりぎりらしいのにさ」
「違反、なの?」
「生きてるやつと死んでるやつが会話するなんて、普通はないだろ。ってかあっちゃだめっていうか。だから、ほんと違反ぎりぎり。ばれたらまじでまずい」
「神社経由なのに?」
「うーん、神社経由で勝手に神様の力を人間が使っちゃってるってのが正しい。だから」
笑って直哉はそうっと腕を差し伸べる。
大きな掌が、私の頭をそっと撫でる気配がした。
「元気でな、美鈴。ちゃんと飯食えよ。いつもみたいに牛丼大盛とか、がっつりさ」
牛丼大盛は余計だ、と言い返したいのに、涙が詰まって言葉が出ない。零れる涙を手の甲でごしごしと擦って顔を上げ・・・・。
私は瞠目した。
直哉は、もう、いなかった。
色の禿げた朱色の鳥居だけが、ただぽっかりと空虚な穴をあけているだけだった。
ふわり、と風が、神社の社殿側から吹き、私の髪を流す。
見えるわけもないその風を、私はただ茫然と見送っていた。
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