後編

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後編

 それから四人と僕は二階の廊下や部屋を、二十分ほどかけてひととおり見まわった。四人を追って三階にあがると、二階とほぼ同じありさまだった。ゴミと枯れ葉が廊下に散乱し、窓ガラスはすべて割れている。  三階でも肝試しに興じている者を多く見かけた。廃墟と化した建物に足を踏み入れるのは危険だ。安全面を考慮した侵入禁止の立て看板が、ホテルのまわりにいくつも設置してあるが、見て見ぬふりで入りこんでいるのだった。  しかし、ここは本当に暑い。窓が割れているというのに風の通りが悪いのだ。少し歩きまわっただけでも、背中に汗がじっとりと(にじ)む――。  今から約二ヶ月前のことになる。長年放置されていたこのホテルにもようやく買い手がついた。買主は佐久間(さくま)という三十代半ばの男だった。僕より五つ年上だという彼は年商数億を誇る青年実業家であり、幽霊ホテルを解体して商業施設を建設する予定なのだという。  佐久間は若いわりに信心深かった。もし、本当に霊が棲みついているのであれば、ホテルの解体作業がはじまる半年後までに、成仏できるよう取り計らってほしい。知り合いを介して、(はら)()の僕に連絡してきた。  調査のためにこのホテルに訪れたのは今日で三回目だが、どうやら棲みついている霊は四体で間違いなさそうだ。しかし、噂されている歴代のオーナーたちの霊ではなかった。肝試し中に建物の一部が崩壊して亡くなったという若者たちの霊だった。  木島弘行、木島愛衣、山本亮一、姫野由香。崩壊事故で亡くなったのはその四人であり、彼らの顔はとある特定系サイトの写真で確認できた。  【不法侵入したあげくに崩壊で死亡。マジ草すぎる四人の顔やSNSを特定】というタイトルのページに、SNSから拝借したのであろう四人の顔画像がいくつも貼られていた。目の前にいる四体の霊はまぎれもなく木島たちだ。  木島たち四人が亡くなったの去年の夏らしい。ちょうどその頃、観測史上最大と言われていた台風が日本の一部に甚大な被害をもたらしていた。急死した彼らは未だに自分の死を認識しておらず、死の直前の記憶に囚われて毎日毎日肝試しを繰り返している。賽の河原で石を積むような虚しくて無意味な行為だ。  僕の姿が見えていないのも、死を理解していないからだ。自身の死を理解していない霊というのは、生と死の観念がひどく曖昧になっている。そのため、生者も死者も認識しづらくなる。  それにしても――。  僕は周囲に目をやった。なぜ、根拠のない自信を持てるのだろうか。  今日も多くの者がこのホテルで肝試しに興じている。過去に建物の一部が崩壊して死者までだしたというのに、平気な顔をして廃墟と化したホテルを闊歩している。  そこには根拠のない自信があるようだ。もうこのホテルが崩壊することはない。たとえまた崩壊したとしても自分だけは大丈夫。  木島たちも同じように根拠のない自信を持っていたのだろう。ここまで廃墟化が進んだホテルだというのに、建物が壊れるとは少しも考えていなかった。もしホテルが崩壊して死ぬとすれば、運の悪い奴だけだと信じ切っていた。  だが、あるときホテルの一部が崩壊し、木島たちは瓦礫に埋もれて死亡した。  かくいう僕もここにいるが、それも今日限りのことだ。四人の除霊が済めば二度と立ち入らない。今すぐ崩壊するなんてことはないにせよ、(もろ)くなっているであろう建物に長居するなんて、へたな怪異と対峙するよりよっぽど恐怖だ。  さっさと四人を(はら)って、早急にここから立ち去ろう。  そう思ったとき、足もとでミシっと音が響き、頭に小石が降り落ちてきた。だが、とりわけ気にすることでもないだろう。今すぐここが崩壊するなんてあり得ない。  僕は運もいいし勘もいい。まだ大丈夫に決まっている。
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