2.夏

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2.夏

 去年、夏休みに旅行でも計画したら良かったなぁと思ったことを思い出していた。  それとなく、大成に話をすれば「いーじゃん!」と言われ、すっかりその気になった。  何と無く、大成と二人で行動することが増えてきたのを、流石に自覚する。  その度に、腕に戒めの如く……否、言葉を借りるなら『呪い』を受けている、その腕時計を見るのが癖になっていた。  別に。好きとかそういう、友人の範疇を超す感情なんて持ってはいないけど。彼女は……大成を大好きな、大成の妹の(めい)は。今の俺達を見て、何を思うだろうか。ーーーと、ちらりとそんなことを思ったりする。 『中途半端に付き合わないでよ!』ーーーそう、怒るだろうか。詰るだろうか。 『やっと大成の良さが解ってきたのね!』ーーー誇らしげに、語るだろうか。  どちらとも付かないが、兎に角、彼女は元気かなと思うことでいつも、その思考を終わりにした。可愛い弟達もそうだが、彼女もまた、受験生のはずだ。 「なぁ、大成。やっぱお盆は皆、帰省するよな? じゃ、手前がいいかな? 後?」 「んー」  俺がゴロゴロとソファーに寝そべり、スマホで旅行会社のプランを見ながら聞けば、ソファーの直ぐ麓に座っている大成がこちらを振り替えって、スマホを覗き込んできた。 「え、めっちゃいいじゃん此処。風呂でけぇ」 「なー! 部屋に露天風呂付いてるんだとよ! めっちゃいい。楽しそう!」  旅行になんて勿論縁の無かった俺は、柄にもなく、うきうきと心を弾ませてしまっていた。 「そんでさ、こっちの宿は、離れなんだぜー!」 「ほーん? あ、こっちもいいな」  お気に入りしていた宿に画面を変えると、俺の方からも身を寄せて、大成に画面が見やすいようにしてやった。コツンと肩が触れる。  勝手に東京とか近畿とかにエリアを絞って、宿を探していた。九州でもいいかもしれない。ああ、北海道は冬に限るかな。夏だから、沖縄も悪くない。……俺は大成との距離感なんて、特に気にしていなかった。 「………」 「ん? 急に黙って、どしたんだよ?」 「……いや、別に…」  珍しく、大成の方が静かだった。  別に、と言ったくせに、どうやら言いたいらしく「……お前、怒るかもしれないけど、」と前置きをした。  なんだろ?東京は嫌だとか?と、首を傾げた俺に、大成は真顔で、 「………お前、マジで可愛いんだけど………」  と。 「は……、はあっ?!」 「いやいや、すまん、お前、最近警戒心ねぇし……。そろそろ言っておこうと思って。勿体無かったけど。マジで、可愛い。ヤバイから。近いから。俺、我慢してんだよ、色々……」 「! ……………っ!」  かぁっと顔が熱くなる。  色々我慢してるって、何? 「………わ、悪い」  けど確かに、最近、警戒心がすっかり薄れてきたのは自覚があった。そうか、こいつはマジで俺の事が好きだったんだっけ、と初めて、気遣う必要があることに思い当たった。………それがまた、なんだか気恥ずかしい。 (………『気遣う』って、なんだよ、………)  俺に惚れている相手に気を遣う、って、なんだか、何様なんだ自分。とも思うし、相手が大成だと言うことにも、やっぱり混乱する。 (…………そもそも、なんでこいつは………)  じっと、大成の顔を見た。 「………何?」  言う大成は、心なしか少しだけ、顔が赤い。 (…………なんで、俺の事、好きなんだろ………)  本当に今更、思う。  冗談かと思っていた日々から、何と無く、ちゃんと本気なのかもしれないと……否、もう誤魔化しはきかない。大成は、多分、本当に俺の事を「好き」なんだろうと思う。  けど、全く。そうなる理由に心当たりが無い。  初めて言い寄って来た、あの、ダーツした晩の事を思い出してみるが、本当に藪から棒だった。全く、予兆無しだ。 「芳樹。何、……誘ってる?」 「あっ…! ち、ちげぇよ、バカッ!」  まじまじとその顔を見続けたら、大成の目が少し欲の色を見せた。慌ててソファーから起き上がり、至近距離にあった顔から離れる。 「ちぇー」と笑う大成も、少しも悔しそうでは無いので、よくわからん。  お前っていつも、何考えてるの?ーーーーそういえば、あの秋夜に『大成が感情的なところ見たこと無い』と言わしめていたことを思い出した。言われてみると、確かにと思う。  いや、不貞腐れたりとか嫉妬むき出しとか……色んな顔を見たことがあるが、事人付き合いに置いて、バカやっている時のバカも、パフォーマンスに見えなくも無い時が、確かにある。大成は、思っていたよりも感情で生きている人間ではない気がする。 「………あー、まぁ、まずさ。そろそろ、秋夜達にも旅行の話しようぜ。皆の意見聞いとかねぇと、から回っても仕方ねぇだろ」  苦笑を浮かべる大成に、俺はまだ、どぎまぎとしてしまっていた。 「あ、あー、そ、そうだな…」 「まっ。『旅行は無理』って言われて落ち込んだ芳樹と、二人で愛の逃避行プランも悪くないけど」  いつもの軽口を叩き始めた大成に、ほっとして、「行かねぇよ、ばーか!」と、いつもの返しをする。  ああ、知らなかった。  俺、意外と沢山、こいつに助けられて来てたんだな。
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