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「……結局お前ら、本当は付き合ってるの?」
東京行きの新幹線の中で、ポッキーをポリポリと食べながら翔が言う。翔の横の秋夜は静かに麦茶を飲んでいた。……いつの間にやら、すっかり翔の横が秋夜の定位置になってしまっていた。大成がいつも俺の隣に来るせいである。凄く……凄く残念だ。
「んなわけねぇだろ。何度も言わせんなよ」
「いやさ、秋夜と付き合ってるってのは、結局嘘だったわけだろ? キスまでしたのはマジでビビったけど」
「………」
「………その節は、芳樹、ごめん」
「………いや……、」
「大成のことだけど」と翔は軌道が逸れたその話を元の軌道に戻した。「別に、そんなに怒るようなことじゃないじゃん」と。
「…………怒ってねぇじゃん」
苦しいことを言っているのは分かっていた。
自分でも、なんでそんなに苛々してんの?自分。って少し引くくらい、感情がコントロール出来ないのだ。
「……実際、大成って凄くない? オレなら、皆で計画した旅行の前日に、後輩の看病とか優先できねぇよ。してやりたいと思っても、切り出せねぇわ。後輩見殺しにして、旅行行くと思う」
ドタキャンされてもオレらは別に損することでもねぇし、怒ることでもねぇよなぁ。と翔は繰り返した。なんとか、俺の機嫌を直したいのかもしれないし、大成のことを気の毒に感じているのかもしれない。
「だから、そんなに怒るってのはお前、大成と旅行行くの、相当楽しみにしてたってことだろ」
ポッキーの先を向けられて、ムッとした。
「………モノで人のことを指すなよ。気ぃ悪ぃ…」
ああ、いけない。
ほんと、空気悪い。これは完全に俺が悪い。
ともすれば、俺は俺のことが嫌いになってしまいそうだった。
スーツケースを三つ。キヨスクで買ったお菓子を広げて、風景は後ろへ後ろへと流れていく。のに、全然、楽しくない。
「……ところで芳樹」
また、ー昨日のカラオケボックスでの時みたいにー秋夜が気持ちゆっくりと、俺の名前を呼んだ。
「この前は、ありがとう。無事に、叶に自分の気持ち、伝えられた」
「!」
「えっ、なに? かなえ?」
ぎょっとした。
翔は「叶」が誰か思い当たっていないらしい。ーーーそいつは秋夜の『彼女』の名前だとフォローをいれようと思った矢先、「おれ、就活サポート課の神城さんと付き合ってるんだよ」と、秋夜が正確な補足をしてしまう。
「秋夜っ!」
堪らず、押し殺した、けれど強めの声で叫んでしまった。
翔は隣に座る秋夜を見ながらポカンと口を開け、ポッキーを膝の上に落としてしまう。
「ま、まじ……」
「まじ」
「男じゃん……」
「男だよ」
無いわー、と。
翔は言わなかった。
落としたポッキーには気が付いていないようで、何故かメガネを外して服の裾で拭いた。また直ぐ、かける。
「あ、いや。驚いた。けど、その、偏見とか無いから。オレ。てか、教職員じゃん……」
「うん。なかなか、波乱万丈でしょ?」
その微笑みは、強がりでも誤魔化しでもなかった。
俺は元より、翔までもがその美しい微笑に息を飲み、言葉を飲み込んだ。彼が幸せなら、それが一番だと言う気にさせる。
すっかり、先程までの不穏な空気は消失していた。
「最初の宿って何処だっけ」と、すかさず秋夜が話題を変えて、皆で今日の予定についておさらいを始める。
恐らく、俺と同じように、翔も話題が逸れてほっとしているのだと思う。
翔だから平気だと思ったのだろうが、明かさずに居ようと思っていたはずの事実を明かし、叶ちゃんの名前を出してしまったことはなかなかリスキーだと思ったが、そうして空気を変えてしまったことに、心から、感謝した。
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