3.夏 その2

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「……結局お前ら、本当は付き合ってるの?」  東京行きの新幹線の中で、ポッキーをポリポリと食べながら翔が言う。翔の横の秋夜は静かに麦茶を飲んでいた。……いつの間にやら、すっかり翔の横が秋夜の定位置になってしまっていた。大成がいつも俺の隣に来るせいである。凄く……凄く残念だ。 「んなわけねぇだろ。何度も言わせんなよ」 「いやさ、秋夜と付き合ってるってのは、結局嘘だったわけだろ? キスまでしたのはマジでビビったけど」 「………」 「………その節は、芳樹、ごめん」 「………いや……、」 「大成のことだけど」と翔は軌道が逸れたその話を元の軌道に戻した。「別に、そんなに怒るようなことじゃないじゃん」と。 「…………怒ってねぇじゃん」  苦しいことを言っているのは分かっていた。  自分でも、なんでそんなに苛々してんの?自分。って少し引くくらい、感情がコントロール出来ないのだ。 「……実際、大成って凄くない? オレなら、皆で計画した旅行の前日に、後輩の看病とか優先できねぇよ。してやりたいと思っても、切り出せねぇわ。後輩見殺しにして、旅行行くと思う」  ドタキャンされてもオレらは別に損することでもねぇし、怒ることでもねぇよなぁ。と翔は繰り返した。なんとか、俺の機嫌を直したいのかもしれないし、大成のことを気の毒に感じているのかもしれない。 「だから、そんなに怒るってのはお前、大成と旅行行くの、相当楽しみにしてたってことだろ」  ポッキーの先を向けられて、ムッとした。 「………モノで人のことを指すなよ。気ぃ悪ぃ…」  ああ、いけない。  ほんと、空気悪い。これは完全に俺が悪い。  ともすれば、俺は俺のことが嫌いになってしまいそうだった。  スーツケースを三つ。キヨスクで買ったお菓子を広げて、風景は後ろへ後ろへと流れていく。のに、全然、楽しくない。 「……ところで芳樹」  また、ー昨日のカラオケボックスでの時みたいにー秋夜が気持ちゆっくりと、俺の名前を呼んだ。 「この前は、ありがとう。無事に、(かなえ)に自分の気持ち、伝えられた」 「!」 「えっ、なに? かなえ?」  ぎょっとした。  翔は「叶」が誰か思い当たっていないらしい。ーーーそいつは秋夜の『彼女』の名前だとフォローをいれようと思った矢先、「おれ、就活サポート課の神城(かみしろ)さんと付き合ってるんだよ」と、秋夜が正確な補足をしてしまう。 「秋夜っ!」  堪らず、押し殺した、けれど強めの声で叫んでしまった。  翔は隣に座る秋夜を見ながらポカンと口を開け、ポッキーを膝の上に落としてしまう。 「ま、まじ……」 「まじ」 「男じゃん……」 「男だよ」  無いわー、と。  翔は言わなかった。  落としたポッキーには気が付いていないようで、何故かメガネを外して服の裾で拭いた。また直ぐ、かける。 「あ、いや。驚いた。けど、その、偏見とか無いから。オレ。てか、教職員じゃん……」 「うん。なかなか、波乱万丈でしょ?」  その微笑みは、強がりでも誤魔化しでもなかった。  俺は元より、翔までもがその美しい微笑に息を飲み、言葉を飲み込んだ。彼が幸せなら、それが一番だと言う気にさせる。  すっかり、先程までの不穏な空気は消失していた。 「最初の宿って何処だっけ」と、すかさず秋夜が話題を変えて、皆で今日の予定についておさらいを始める。  恐らく、俺と同じように、翔も話題が逸れてほっとしているのだと思う。  翔だから平気だと思ったのだろうが、明かさずに居ようと思っていたはずの事実を明かし、叶ちゃんの名前を出してしまったことはなかなかリスキーだと思ったが、そうして空気を変えてしまったことに、心から、感謝した。
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