3.夏 その2

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 そう言えば大成は、また一つ、俺の“ハジメテ”を奪えなかったなぁ。  と、しみじみ思ったのは、すっかり東京の街で晩飯を食べ終え、素泊まりプランのホテルに戻って大浴場に浸かっている時だった。  今回の旅行は最終日以外は全て素泊まりプランで組んだ。結局、観光にお金を使いたいので、寝るだけのホテルに金は使えないと言うことになった。  何もかも初めてな俺達は、旅行って意外と準備が大変なのとか金がかかることを、まず知った。 「っはー、極楽」 「気持ちいいね」  等間隔程離れたところに、翔と秋夜が湯船に浸かっている。肩まですっかり湯に浸からせて、二人とも、顔しか出してない。  幸いにも偶然、大浴場はほぼほぼ俺達の貸し切り状態だった。時間帯の問題かもしれない。まだ恐らく、東京の夜を初めて過ごすには、早い時間にホテルに戻った。おっかなびっくり、と言うところがあった。  暗くなってもーーーと言うか、東京の街は暗くならない。人が減らない。空を見上げると、本当に星が見えなくて驚いた。東京の人は、空にはいつも無数の星が輝いていることを全く知らずに生きているのかと思うと、不思議な感じがした。  同じ日本の東京でこれなのだから、海外旅行なんて一体、どんな感じになるんだろうか。  と、苦笑して湯で顔を洗う。 「明日は秋葉原と浅草だなー」  今日は東京タワーの後、池袋へ向かった。  漫画の中なんかでよく聞くその場所へ向かい、歩いていると言うのが不思議な感じだった。俺にとって、東京の○○区って言うのは、都市伝説みたいなものだった。……本当にあったんだ?なんて、変な感動をしてしまう。 「スカイツリーの方が東京タワーより高いんだっけ?」 「333mと634m」 「ふーん? なんで634mにしたんだろ?」  翔と秋夜が会話を重ねているのをぼんやりと聞きながら、明日以降のプランことを考えていた。  旅行はもう、バカの一つ覚えみたいによく聞く名前の場所、観光地をひたすらに巡るプランだ。上野動物園にも行くし、アメヤ横丁、新宿や原宿駅。あっちこっち、行く。目的の施設と言うものがなくても、街中を歩くだけで楽しくて余計に時間を使ってしまうと言うのは、今日のスケジュールを終えて、分かった。  明日合流するとか言ってたけど、大成と、ちゃんとこの広い世界で会えるのか?  田舎の地元の方が県の面積は広いくせ、こちらの方が全然広いような気になった。なんてったってこう、密度が違う。 「駅前のスタバで待ち合わせ」って言えば一店舗しか浮かばず、「ああ、あそこね」ってなる地元に対し、こちらでは、「え? 何口から出て、どこら辺にあるやつ?」ってなるだろう。  待ち合わせなんて、何を目印にどう伝えたらいいのか難しそうだ。 「はぁーっ、酒飲みてぇなーっ」  徐に翔が大浴場の天井を仰いだ。 「飲み屋飲み屋飲み屋……。くっそ楽しそうじゃん。お前らさ、誕生日いつ?」  或いは、大学生なんて年齢に関係無く、入学した日から酒を飲んでしまう学生も少なくは無いのだとか。でも俺達は律儀にも、わりと法律は守るタイプだった。 「おれは十一月」 「ま、秋夜は秋だろうな。芳樹は?」  視線を向けられて、言い淀む。   「……四月」 「えっ、もう二十歳来てんじゃん! オレ、五月!」  当然、話の流れ的に飲もうぜ!と言うことになる。  もう一度、ホテルを出て飲み歩こう!と。  大成の顔がちらつく。ほら、どんどんお前が『ハジメテ』を奪う候補が少なくなっていくぞ、と頭の中で言ってやる。 「………わりぃ、俺、酒弱いみたいでさ。一口飲んだだけで、ゲロゲロするかも」 「えっ、ヤバ! いや、旅行の思い出になっていんじゃね?」 「そんな黒歴史にしかならんような思い出いらん!」  居酒屋には行こうか、という話にまとまって、風呂を出る。  寝巻きにするはずのラフな服を湯上がりにと持ってきていたのを、わざわざ六階の部屋まで戻って着替え直した。  フロントからまた、夜の街へ出る。日はすっかり傾いたのに、相変わらず明るい。夜の蒸し暑さも、不思議と気にならない。  わくわくと、した。  梨木先輩の車で初めてドライブに行った、あの日以来の感覚だ。そして、それ以上の高揚感だった。  俺は今、此処に居て、この足で地を踏み締めてる。  大袈裟だけど、そう感じた。  開いていくような視野。知らなかった土地が、経験が、知識として経験値として、自分に加算されていく。  夜なのに地上の方が明るくて、心踊らない田舎者、いる?
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