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その後、最終日とあって朝まで盛り上がるのかと思ったら、存外早く、就寝となった。三日三晩、ドンチャン騒ぎしたから、もうそろそろ夜更かしに飽きたと言えばそうだったのかもしれない。体が睡眠を欲していた。
が、俺は違った。
(…………寝れん……)
俺が一番、玄関の襖側だった。
敷いた布団の並びは、俺、大成、翔、秋夜だった。
背中を向けている向こう側に、大成が寝ているのだと言うことがより一層、俺の睡眠の邪魔をした。
スースーと、規則正しい寝息が聞こえる。誰のものだろうか。真後ろからするのか、もう少し後ろからかは、判断がつかない。
(…………売店、確かまだ開いてるかな……)
何と無く、必要な気がして。ーーー今日は腕時計をしたまま布団に入っていた。
その腕時計を見る。暗くても発光する数字と針は、午前零時前を指していた。確か、売店は朝三時まで開いていたはずだ。
あまり音を立てないように、のそのそと布団から起き上がる。
そろりそろりと足を抜いては差して、玄関の襖を開け、それをまたゆっくりと閉めて、廊下へ出た。
「ふぅ、」
意味もなく、息が零れた。
午後十時には消灯すると周知のあった廊下は、床に近い程の壁の下部にポツンポツンと備え付けられた照明が控えめな光を放ち、幻想的な雰囲気にさせていた。
暗いけど、歩く分には不足は無い明かりを頼りに、エレベーターまで行こうと踏み出した瞬間、後ろの扉がゆっくりと開いた。
「芳樹、何処行くの」
「っ!」
ぬっと、巨体……大成が、現れた。
「っ……………売店、」
「俺も行く」
内心、どきどきと常時より脈打ち始めた心臓を悟られないように、素っ気なく言った。別に、大成の顔を見たからじゃない。先程のやりとりを思い出したからじゃない。
(………急に襖が開いたから………びっくりしただけ)
誰にも聞こえないはずの心の中で弁解する。
俺達は並んで歩き、二階にある売店に向かった。
「これとこれ」
売店で、俺の会計の時に大成がチューハイを二缶持ってきて、合わせての会計になった。横から割り込んできた大成が、俺の分も全額払った。
「………未成年、」
エレベーターがすっかり上の階まで行ってしまったので、売店を後にした俺達は階段で部屋まで向かっていた。
流石にレジでは黙ったが、二人きりになると改めてその件について指摘した。
「ニアミスよ。ニアミス。あっ、やべ、あと二分で日付変わるじゃん! 芳樹、こっちな!」
三階と四階の間の踊り場で、急に大成が立ち止まった。そのまま、先程買ったばかりのチューハイを取り出し、その一つを俺に手渡す。
「何?」
「乾杯しようぜ。俺の誕生日に」
「………」
俺も返事も聞かずにプルタブを開けて、大成は俺の腕時計の針を気にしていた。仕方無しに、俺もプルタブを開ける。
「はいっ! カンパーイっ!」
零時になったらしい。
そんな掛け声と共に、カツンと、大成が持っていたチューハイの缶が俺のに押し当てられる。
大成はそのまま、ゴクゴクとそれを口にした。仕方無しに、俺もそれに倣う。
「ん、うめっ。てかこれ、ジュースじゃん」
「チューハイじゃなくて、ビール飲めよ、ビール」
自分が二十歳になった日にはビールだったなとあのほろ苦さを思い出しながら言って、忘れていた「おめでとう」を足しておいた。
「二十歳の誕生日の瞬間に芳樹と居て、一緒に乾杯できたの、すげぇな」
「……何が」
「一生の思い出」
「……」
また。
そんなことを言う。
俺達は、何と無く階段を上がることをせず、その踊り場の壁を背にチューハイを飲みきった。
ジュースだったと言う大成に、二人で売店に戻って、ビールを買ってやった。
「誕生日プレゼント」
「あんがと。でも、他のプレゼントも欲しいなぁ~」
「なんか欲しいものあんの?」
今度は階段の踊り場ではなく、エレベーターに乗り、十三階のフリースペースを訪れて飲むことにした。
解放された空間には、偶然にも他の宿泊客はおらず、貸し切り状態だった。エレベーターから一番遠い窓側の席へ向かい、腰掛ける。小さな丸いテーブルと、一人掛けのソファーが向かい合うように二つ置いてある席だ。
静かな部屋に、俺と大成の会話だけが響く。
開放的なガラス張りの窓からは、やっぱり、星は一つも見えずに、眼下の明るさばかりが目を引く。
プシュリと音を立ててプルタブを開け、ビールを一口飲んだ大成は、意外にも、眉を潜めたりしなかった。旨そうに、ゴクゴクと喉を鳴らしてそれを飲んだ。………そういえば、梨木先輩と酒飲んでたな、こいつ。俺には「待て」させておいて……。
「欲しいものね」と、少しだけビールの泡を口に付けて、大成は笑った。
「お前かな」
「……」
何と無く、そう言われる予感がしていた俺は、しかし返す言葉に悩んで、ビールを一口飲んだ。相変わらず苦い。
「ロマンチックな夜景を見ながらのキス、とか、どう? 一生忘れられない誕生日になるわ」
少しおどけた女口調で、大成もまたビールを仰いだ。
一体、何処まで本気なのだろうか。
「……するわけねぇだろ」
「やーね。つれないわ、芳樹くんったら」
そこで、大成のスマホが鳴った。マナーにしとけよ、と言いかけて、その必要が無いことに気が付いた。別に此処は病院でも無ければ、今、デート中と言うわけでもない。
「あ、光希」
電話のようだった。
「出てもいい?」も無しに、大成は通話ボタンを押す。席を立ち上がりながら、「どしたん」とこの場を少しだけ離れた。
少し離れた場所で立ち止まり、大きな窓の傍から改めて夜景を見ながら、二、三、話していた。聞き耳を立てたかったわけでもないが、すぐそこで話している会話は包み隠さず俺の耳に入る。どうやら、誕生日のお祝いの電話らしい。
「おー。サンキュ。え? そうだなぁー。また、なんか旨いもん作って持って来てくれたらいいかなー」そんなことを言った後、「お土産買って帰るから。んじゃな」と電話を切った。
「わっ、ビビった!」
電話を切った大成は、俺がそのすぐ傍に立っていたことに気が付かなかったらしい。どんだけ電話に集中してたわけ?窓が鏡になって、隣に立つ俺の姿をよく映しているわけだけど。
(………………なんか、気に入らん………)
もやもやと。否、沸々と込み上げてくるものが、あった。稲妻のように、暗い空に光り轟く、荒ぶる感情があった。
先に弁解すると、体内にはアルコールが入っていて。それで、多分、だから、………俺は少しだけ……酔っていたのだ。
両手で奴の胸ぐらを掴んだ。
それからそれを、ぐいっとこちらの方に引く。
背伸びしても、それは少し届かなくて、下へ引っ張る必要があったから。
「わっ、」
体勢を崩した大成が………駄洒落みたいになったな。
俺はちょっと、愉快になって。
驚いて目を丸める大成としっかり視線を交じり合わせながら、その唇めがけて、俺の唇を押し当てた。
「え、」
一瞬だ。
触れた瞬間、パッと胸ぐらを掴んでいた手を離した。離れるように、トン、とその胸板を押す。
呆然とそのままに固まる大成に、俺は声を上げて笑った。
「ざまぁみろっ!」
そのアホ面が可笑しくて、なかなか笑いは止まらない。腹を抱えて笑ってやる。アルコールが作用しているせいなのか、本当に、そのアホ面が愉快で仕方がなかったのだ。胸がスッと、晴れた気分だ。
「ッ………馬鹿野郎がっ!」
しかし、ハッと我に返った大成に、ぐいっと強い力に腕を引かれる。
ドンと、ガラス張りの窓に背をぶつけたが、頭までぶつからないようにと大成の配慮の腕が頭に回されていた。そのまま、先程離れた唇が強く押し当てられた。
「んっ、」
乱暴なキスだった。
それでいて、不思議と嫌ではなーーーー…。
「………」
「………」
抱き締め合うでもなかったけれど。
俺達は、暫くの間、唇を重ねたまま離さなかった。
「お前が煽るから…」
やっとその熱が離れていった時、大成がポツリと溢した。
俺の目は、大成の唇の動きばかりを気にしてしまった。それに気が付いた大成が、眉をしかめて困った顔になる。
「………言っとくけど、俺、まだ酔ってないから」
「……ふーん? 俺は今、酔っ払ってるかも」
そういうことにしといてやるよ、と大成が苦笑する。
俺達はまた、唇を重ねた。
ーつづくー
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