4.秋

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「ーーーーなぁんて、展開になるのを期待してたんだけど?」 「は? きも」  大成が飄々と言うので、嫌悪感を包み隠さず顔面全体に押し出して、チューハイを飲んだ。  勿論、酒を飲みながらキスを始めるなんて事はなく、何と無く点けたバラエティー番組を観ながらだらだらと過ごしていた。 「いやー、だってあの日、芳樹からしてくれたわけじゃん? キス」 「………なんのことだか、」 「あ、忘れたふりは卑怯だぞ」  あの日以来、特に気まずくなるでも、かといってより親密になるでもなく、そんなこともあったなとか「まぁ酒飲んでたし」とか、そんな感じにのらりくらりと過ごしている内に、また秋が来ようとしていた。  俺達は互いに、あの日の口づけのことを思い出すことはあっても、その意味するところをはっきりさせようとはしなかった。  大学生活では、長い夏休みも終わり、学祭が近付いてきた。  心なしか、大学全体が浮き足立っている。  去年はバイトを入れ込んでいて、学祭なんてイベントにはまるで不参加だったが、梨木先輩が日本に帰ってきたらしいと聞いて、更には学祭に顔を出すと言っているらしく、俺もその日を楽しみにしていた。  翔はサークルの出し物の準備や、企業に広告?をお願いしに行ったりと忙しくしており、秋夜は秋夜で学生の手伝いをしている叶ちゃんの、そのまた手伝いを自主的に行い、忙しそうだった。  必然、放課後はいつも、大成と二人になる。  バイトに行ったり、バイトの無い日は大成のアパートに転がり込んで、今のようにだらだらと過ごした。  今日も例によって、大成のアパートでチューハイやらジントニックやら、適当に酒を買っては開けて飲んでいる。  徐に、大成が膝を寄せてくっついてきた。 「なぁ。そろそろ、シていい?」 「……何をする気だ」 「セックス」  まさかとは思ったが、そのまさかだった。 「アホか!」と思いがけず大きな声が出た。 「だからっ! 俺達そういうんじゃねーじゃんッ!」 「え? わからん。お前、俺の気持ち弄んだの?」 「………そういうわけじゃ、ねーけど……」  それは確かに。  じゃああのキスは何だったんだと問われれば、言葉に詰まった。けれど大成は、それについて改めて問い質そうとはしなかった。 「ちぇ、」といつもの調子で言い、ZIMAに瓶ごと口をつける。 「最近、AV女優の顔、みんなお前の顔に見えるんだよな」 「病気かよ、死ね」 「そうそう、恋の病なぁー」 「[[rb:不純物>したごころ]]百%じゃねぇか、死ね」  人にどんなに悪態つく時も、「死ね」なんて言わずに育った。  そんな俺がついうっかりその言葉を言ってしまうくらいには、本当に心からドン引いて鳥肌を立てていたのはどうか、理解して頂きたい。俺はまったくの被害者である。  だって俺、今、「オカズにしてます」って告白されたってことだろ?キモい、死ね。 「俺、けっこー自信あるんだけど」 「何の自信だよ、死ね」 「妹の秘蔵漫画で勉強したから。ハジメテだけど、気持ちよくさせてあげられると思うぜ。色々と準備が必要ってことも心得ている」 「………待て。今、なんつった……? 誰の何で勉強したって……?」 「いやぁ。女子もエロ本はクローゼットに隠すんだなぁ~」 「……おまっ………それ、明には絶対言うなよ……」  まさか自分の秘蔵コレクション(?)を最愛の兄に読まれていると知ったら………。明の悲劇を想像し、心から同情してやる……。  ビー。  と、このアパート特有のインターフォンの音がした。この部屋だ。 「あん? 誰だ?」来客に心当たりの無かった大成は、怪訝な顔をしながらも腰を上げ、玄関へ向かう。   「こんばんはぁ! 大成さん、晩御飯作り過ぎちゃって…………あ、芳樹先輩、…ですか?」  玄関の声がこちらまで聞こえる。恐らく、俺の靴を見て、その男ーー[[rb:光希>みつき]]は少し不愉快そうな声を出した。 「そうそう。芳樹。光希も混ざる?」 「………めっちゃアルコールの匂いします……」 「そーそ! 酒飲んでんのっ! でも、光希用にドリンクもあるぜ」 「えっ…ぼく用に?……じゃあ、お邪魔しちゃおうかなぁ」  そんな会話が筒抜けで、俺は残っていた酒を飲み干し、荷物をまとめて玄関に向かった。 「わりぃけど、明日予定あんだわ。もー俺、帰るから」 「え? そうなん? じゃあ送るわ」 「ばあーーーーっか。男が男に送って貰うかよ」  光希は出ていく俺に道を譲った。その間も、通り過ぎた後も、痛いくらいに視線を感じた。  光希は俺のこと、どう思ってるんだろ。 (………そら、まぁ……邪魔だろうな、俺)  急に左腕につけていた腕時計が重たくなるのを感じた。……呪い、ね。  中途半端に付き合うな、だったか。いつかの明の言葉を思い出す。明は、今の俺を見て、なんて言うだろうか。 ーーーー大成は、今の俺達の関係をどう思っているのだろうか?  奴の本心は意外と探りにくい。いや、口から出ている言葉全てが本心なのかもしれない。けどやっぱり、よく、わからない。 (……俺のことを好きなのは……まぁ、本心だとして……)  俺からのキスをどう思った?  その後も変わらずにアパートにやってくる俺のことを、どう思ってる?  焦れている?待っている?実はそんなに、好きじゃない? (………明には、期待させたらいけないと思って直ぐにフラなきゃと思ってたけど……)  まぁ、明のは自分の勘違いで。結局、彼女は俺に恋心を抱いていたわけではなかった。それには、本当にほっとした。……やっぱり、誰かを傷付けてしまうと考えるのは、辛い。 (………俺は明を傷付けているだろうか?)  それでも、大好きな兄が、その恋愛感情を持ってみている男と行動を共にしているのを知るのは辛いだろうか。俺は、大成から離れるべきだろうか。 (………大成も、傷付いてる……?)  煮えきらない俺に、大成でも傷付くことはあるのだろうか?好きな奴に「死ね」とか言われたのは、内心、刺さるものがあったりしなかったか。俺は、大成から離れるべきだろうか……? (…………俺が離れていったら、それこそ、大成が怒りそうだな……)  それに、離れていったら……もっとラインの連絡が五月蝿くなりそうだ。 ーーーーだから、離れないことにする。  あくまで。  俺の平穏の為。  そう、結論付けた。
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