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一週間後、正史兄ちゃんが家を出た。
それから暫くして、太一兄ちゃんに呼ばれた。部屋へ行くと、いつかの夜のように、一階から拝借した酒とグラスがローテーブルの上に並んでいた。
俺が来たのを見るなり、グラスに酒を注ぐ。二人で乾杯するなり、太一兄ちゃんは切り出した。
「俺もさ。実はこの家出ようと思ってるんだ」
「えっ…」
「……転勤の話が出てるんだ。悪い話じゃないと思ってる」
「………そうなんだ」
兄ちゃん二人が居なくなったこの家のことを思った。
別に彼らは、平日は朝早くから働きに出て、毎日残業して遅くに帰ってくる。土日だって、大抵どちらかの日は休日出勤している。家に居る時間は年間で見ても少ないように思う。
けれどそれでも、兄ちゃん達の存在は俺にとって大きかった。
親父があんな感じだし……。俺の道徳的な心は全部、兄達から学んだと言っても過言ではない。この二人が居なければ、俺の心はきっととっくに荒んでいた。酒もタバコも、暴力も……していたかもしれない。
「………いいか?」
「………『いいか?』って……」
なんで駄目だと思うんだよ?ーーーなんて、白々しいか。そりゃ、兄ちゃんは俺のことを心配してくれているのだろう。
俺がこの家での最年長になる(※親父を除く)ことを、気にかけてくれているのだ。
ずしり、と。急に襲いかかる。
『責任』とか『義務』とか………『孤独』、とか。
「………いーに決まってんじゃん。太一兄ちゃんの人生なんだから!」
笑って言ってみせたが、太一兄ちゃんは少しもほっとした顔をしなかった。
心配そうに、俺の顔を窺う。俺はぐいとチューハイを飲んだ。
「平気だよ。いくつになったと思ってんだよ、俺」
「………お前はだって、いつも無理するじゃん?」
「それは、兄ちゃん達の方だろ? 兄ちゃん達が言ってくれたんじゃん。もっと、自由に生きろって」
厳密には、大学への進学を進めてくれたのであって、その言葉を直接的に言われたわけではなかった。が、同じことだと解釈している。兄ちゃん達は、兄弟の中で誰よりも、俺に甘い。年少者の侑や俊よりも、だ。
「…不安がないとは言わないけど。でもまー、なんとかなるだろ。そうしてやってきたじゃん、ウチ。それに俺も、兄ちゃんのこと応援したい」
「………………ありがとうな、」
太一兄ちゃんは少しだけ目を赤くさせた。それを誤魔化すように、酒を煽った。
「仕送りは、変わらずにするから」
「………無理すんなよ…」
一人暮らしに、どれだけ金がかかるかは知らない。けど、家賃だとか光熱費だとか、今までかかっていなかったものが全部負担になることくらい、俺にでも分かる。それを払いながら、更に仕送りをする苦しさをあんまりリアルに想像が出来なかった。
………でもきっと、辛いはずだ。
お金を稼ぐことの大変さはよく知ってる。
俺の顔を見て、やっぱり太一兄ちゃんは目を潤ませながら、「お前達は、俺の宝だよ」と言って、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
(……………俺だって、兄ちゃん達が『家族』で、幸せだと思ってる……)
こんなおんぼろの家に住んでいるけど。
金に余裕は無いけど。
親父は飲んだくれのパチンカスだけど。
俺はそれでも、幸せだった。
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