4.秋

6/11
前へ
/43ページ
次へ
「芳樹」 「ん」 「講義、終わったぞ」 「ん、…………寝てた?」  寝てた。と頷く大成に、苦笑した。 「………わりぃ。ノートコピーさせて……」 「いいけど。お前、最近、バイトし過ぎじゃね?」 「……日数は変わってねぇよ」 「日数“は”、な」  くあ、と欠伸をしながら両腕を伸ばし、席を立つ。大成も倣うようにして席を立ち、次の講義室へ向かって歩く。 「安達教諭(あだちセンセ)、気が付かなかったわけ?」 「そーだな。なんかアイツ、最近、講義に身が入ってなくない?」 「んー? そうか…まぁ、言われてみれば…」  言われてみれば確かに、最近の安達は以前のような覇気がなく、ボーッとしていることが多い。  板書を間違えたり、配布されたプリントが同じ面を二度コピーしていて全く読めなかったり。 「恋の病かも」 「アイツが? そうならウケる」  大成と軽口を叩いている間に目が覚めてきた。次の講義を受ける教室が別館の為、外を歩いたせいもある。外気に肌が曝され、頭の中もスッとした。 「芳樹は。今度は何、悩んでんの?」  フツーに歩いていたのに。フツーの会話の途中で、大成はいつも、爆弾を落とす。 「え、」 「『え』じゃねーよ。なんで最近、バイトの時間延ばしたの?」 「………」 「寝不足じゃん」  太一兄ちゃんの話を聞いてから、シフト時間を延長した。終わるのが深夜を過ぎるので、最近は大成のアパートにも行かなくなった。  玄関以外に電気の点いていない家に帰る毎日。家族とも、あまり顔を合わせることが無くなった。弟達が起きて待っていたことがあるが、寝ていろ、と強めに言ったせいもある。 「……別に。人手が足んないだけ」 「………ふーん?」  大成はちらりと横目で俺の様子を窺っただけで、直ぐにまた前を向いて歩き出した。  だから、  次の週の金曜日に、大成がバイト先のカラオケ店でバイトの制服を着て立っていたのには、驚きを隠せなかった。 「…………はっ?」 「どうもぉ~! 新人の、一宮大成(いちみやたいせい)でぇす~。ハジメテなんで、優しくしてくださぁい~」 「きっしょッ! いやいやッ!」  体をくねらす巨体につい突っ込んでしまったが、慌てて「なんで居んの?」と本来訊くべき台詞を口にした。 「なんでって、面接して受かったから」 ーーーー至極全うな返答である。 「いやいやいや、聞いてねぇよ!」 「そりゃそーだろ? 言ってねぇもん」 「いやいやいや………」  そーだけどっ!そうじゃなくてだなッ…!  いや、何を言っても…無駄か。  息を吐いて、状況を飲み込み、受け入れることにした。 (…………心配を、してくれてるわけだな……)  不覚にも、暖かいモノが込み上げてしまう。  その、大成らしい方法が。可笑しくて、大成らしくて、『大成は優しい』をストンと飲み込んでしまった。 (…………そうだな。こいつ、こーいう奴だわ……)  笑ってしまう。  大成が俺を説得しなかったように。俺だってきっと、大成を説得することはできないのだ。ならば、と思ったその心意気がやっぱり、大成は『フツウ』とは違うと思う。 「……何時まで入れてんの?」 「十二時」 「しっかり俺のシフトと揃えて来てんじゃん」  大成はニヤッと笑ったが、いつもの軽口は叩かなかった。バイト中は意外と真面目に働き、案外覚えも早く、その親しみやすいキャラクターのこともあり、先輩からの信頼も早々に獲得していた。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加