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深夜。
やっとタイムカードを切り、カラオケ店から出た。
外は当然真っ暗で、少し肌寒くなって来ていた。つい先日まで残暑が厳しかったはずなのに。気が付いたら、冬が近付いて来ているのを感じる。いつも、この境目には驚かされる。
空を見上げなくても、視界に入り込む空は星を瞬かせていて。いつもは一人の帰り道に隣を歩く奴が居るってことが、何となく、俺を感傷的な気分にさせた。
「今日さ、うちに泊まれよ」
「……」
「ほんでさ、昼くらいまで寝てさ。明日の学祭、一緒に行こーぜ」
「あー…、明日から学祭か…」
忙しくなったせいですっかり忘れていた。
明日は、「流石にお前、働き過ぎ」と店長に言われて強制的に休みにさせられていた。
「んー……、変なこと、しない?」
「したいけどしない」
「そこはシンプルに『しない』って言えよ」
俺は「行く」とも何とも答えなかったのだが、二人でそのまま、大成のアパートへ向かって歩いた。
時々泊まらせて貰っていた関係で、大成の家には既に小さな『芳樹スペース』という場所があった。要は、俺の着替えだとか何だとかが置いてあるスペースだ。
シャツとパンツだけそこから用意して、いつものようにスウェットは借りた。それから、一番乗りにシャワーを借りる。
「おっさきー」
「おー……………」
「何?」
「………いや………久々に見る『彼スウェット』の凄まじい破壊力ヤベーッと思ってたとこ」
「彼スウェット?」
どうも、大成のぶかぶかのスウェットに身を包む俺の姿に萌えたらしい。
「……お前っていつも平和だよな。脳ミソん中」
呆れて笑えば、「そうでもない」とわりと真顔で返らされる。
「いっそ、お前に見せてやりたいわ。俺の苦悩の日々に乱される脳みそを」
「……」
「お前なんか、俺の脳内で毎回脱がされてんぞ」
「……んなもん、見せんじゃねぇよ……」
一瞬。
やっぱり、俺の暴言(?)に傷付くようなこともあるのだろうかと危惧してしまったが、やはり、大成は何処までも大成だったらしい。杞憂は不快に変わったが。大成はこういうこともいけしゃあしゃと何でもないことのように言うので、本気とも冗談ともつかない。だから、リアルに想像に結び付かない。ーーー要は、心から身の危険を感じたり、不快に思ったりすることはない。
大成はそういう点で、本当に、知ろうとすれば掴みにくいやつなのだ。
「ま。じゃあ俺、入ってくるから。先、適当に寝てて」
「んー」
大成はいつも、一応はベッドを譲ってくれる。俺が泊まる時はいつも、その巨体をはみ出させてソファーで眠る。
なので、先にソファーを占領するつもりでその上でごろごろとスマホを弄ることにした。俺がここで寝れば、大成は仕方無しに寝室に行くだろう。
(あ、そういえば。なんで俺なのかって話、理由、聞きそびれたな……)
いつか、そんな話をつい、口に出してしまった日があった気がする。
俺へのその気持ちと、いつぞやに拾った捨て猫に抱いた気持ち、一体何が違ったのか。
大成はほら………優しいから。
だから、俺が片想いをしている様を。それが、まるで実りの無かったものだった様を見て、俺に興味を抱いたのなら、それは同情に他ならないのでは?
(………あれ……そういや、大成って、叶ちゃんと秋夜が付き合ってんの、多分、気が付いてるよね……)
スマホが手から離れる。でももう、俺の意識は睡魔に誘われ、すっかり、深い微睡みに身を委ねていた。
目を覚ましたら、ふかふかのベッドの上に居た。
「……………あれ、」
暫くぼーっとしながら、少しずつ記憶を辿っていく。
徐々に脳みそも覚醒し始め、バイト後に大成のアパートへ来て泊まったことや、ソファーで寝落ちしたことを思い出した。……俺、確かにソファーで寝たよね?
のそのそと起き上がり、リビングに向かう。そこには、ソファーの上でガーとかゴーとか、煩いイビキをかいて寝ている大成が居た。ソファーも二人掛けのわりには余裕のある大きめのサイズなのに、やっぱり体ははみ出していて、片足は落ちている。うっすい毛布もだらりと垂れて、腹を出して寝ていた。
「…………おっさんかよ」
いや、おっさんの寝相とか知らんけど。
ずり落ちた毛布をかけ直し、腹を隠してやる。まだ冬を感じた日はないが、それでも朝は少しだけ肌寒くなって来ていた。暖房でも点けてやる?悩んでいると、大成がごぞりと動いた。
「ん、」
ドキッとした。
大成が声を漏らしたが、どうやら起きたわけでは無いようだ。寝返りを打って、またイビキをかき始める。
(………お姫様抱っこで運んだんかな……)
つい、想像してしまった。
大成なら恐らく、そうして易々と俺の体を寝室まで運べるだろう。
その様子を想像しながら、暫くその、人畜無害そうな大成の寝顔を眺めた。
(…………寝顔はまぁ……悪くないな、………)
そうしている内に、なんとも言えない感情が込み上げてくる。……なんて表現したらいいのか。なんかこう、なんだろう、それは少し、慈しむような……気持ちに似ているのかもしれない……。いや、知らんけど。
体が無意識に、大成の方へと傾いた。
ちゅ、と。
気がついた時には、その頬に口付けを落としてしまっていた。
「…………………っあ、」
そこでやっと、我に返る。
(な、何やってんだ、俺ッ……!)
かぁっと火が出そうな程に顔が熱くなる。そのまま大成の顔が見られなくて、慌てて洗面所に向かった。
「…………………だから、いっそお前にも見せてやりたいって言ってんじゃん。俺の心情………」
狸寝入りを決め込んでいた大成が、俺が去った後に困った顔でそんな呟きを漏らしたことを、俺は知らない。
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