4.秋

8/11
前へ
/43ページ
次へ
 結局、その後に二度寝した俺は、昼前に目を覚ました。  起きれば、大成が用意してくれてた紅茶を飲んで、着替え、二人並んで大学まで歩いた。  大学を遠目に見ても、多少なりと賑わっているのがわかる。決して多くはないが、それでもちらほらとした人の流れが大学に向かっているのがわかる。  正門を潜れば、屋台用にテントが並び立ち、それなりに活気の満ちている光景が見られた。  フランクフルトや焼きそば、タピオカドリンクにパンケーキ。  普通のお祭りよりも食に関してはバラエティーに富み、しかも店には必ず知った顔を見るというのが、なんか面白かった。 「おー! 芳樹、買っててってよ!」 「芳樹じゃん。今日は彼女連れてねぇの?」  歩けば歩いただけ、声をかけられる。適当に返したり、立ち止まって商品を買ったりしながら、自然と、手前から奥へ奥へと進んでいく。  大学の校舎の中までは流石に出店は無かったようだが、文科系サークルの展示室としていくつかの講義室は利用されているらしかった。  校門近くに『学祭実行委員会本部』なるテントがあったらしいが、すっかりスルーした俺達は、食堂の前に積み上げられた学祭のパンフを取り、パラパラとページを繰りながら、やっぱり何と無く、校舎の方へと進んだ。 「はぁーっ。意外と、賑やかにやってるんだな」 「まぁ。年に一回の大イベントだしなぁ。あ、今日、夕方からミスコンがあるらしいぜ」 「ふーん?」  特に興味が無かった。  失礼だが、この大学に、秋夜より目を惹く女性がいるとは思えなかった。  実際、翔の所属する国際サークルの出店であるタコス店へ辿り着くまで、そんな話、すっかり忘れていた。 「あっ。お前ら。今日の夕方、ステージ見に行けよ」  翔は俺らの姿を認めるなり、「いらっしゃい」でも「やっぱお前ら付き合ってる?」でもなく、にやにやと笑いながらそんなことを言った。 「ステージ?」 「そ。ミスコン」 「あー、なんか、大成も言ってたなぁ」 「美人でも出るの?」  翔との会話に大成も参入する。「美人、出るよ」と翔はにやにやとした顔のままに、妙に含みを持たせて頷いた。「タコスは二つでいいよね?」と続く言葉に苦笑する。買うなんて一言も言ってねぇよ。 「翔はずっと店番?」 「まーね」  二つのタコスを受け取りながら大成が訊き、タコス代を受け取りながら翔が頷いた。 「梨木先輩、いつ来るかわかんねぇし。いちお、来てくれたら休憩貰おうと思ってる。明日は彼女と回るし、お前らのデートに割り込まねぇよ」 「……デートじゃねぇよ」  聞き捨てならないと、つい突っ込んでしまったが、大成は何も気にしていないようで「そういや、梨セン帰ってきてるんだっけ?」と翔との会話を続けた。   「けっこー前から帰ってきてるみたいよ? 二週間前くらい。都市伝説かもしんないけど」 「そーなん? あの人、何してんの?」 「さあ? 仕事じゃない?」  そういえばあの自由の塊みたいなツートン頭の先輩は、あれで事業家で投資家だった。お金には困っていないとかなんだとか。ひょっとすると、休学ではなく退学したのかも知れないな、と思った。彼の前に広がる選択肢は、俺なんかのそれよりもずっと広い。  翔と別れて、まるで順路でも書いてあるかのように、二人して示し合わせたわけでもなく構内に入り、文科系サークルの展示を順番に見て回った。店番の奴が居たり居なかったり。自由な感じだ。  アニメ研究会、文芸部、映画研究会、ミステリィ研究会、占いサークル………その、多様性を初めて知って、驚いた。ハナから、サークルにも部活にも入る気が無く、バイト一択だったので、その種類の多さを全く知らずに今日まで生きてきた。  哲学サークルでまさかの姿を見付けた時、それすら知らずに今日まで生きてきたことには驚いた。ーーーーなんとそこに、秋夜が居た。 「え、秋夜。サークル入ってたの?」 「あ、うん。そうみたい?」  曖昧に笑う秋夜に、「何それ」と俺も苦笑した。学祭の手伝いをする内にたまたま親しくなったのがこのサークルで、聞けば最近秋夜が熱心にしている『哲学』について研究しているサークルと知り、より一層仲良くなった内に、どうにも、そう言うことになっていたらしい。……それって大丈夫?まぁ、変な壺とか買わされてるわけでもないんだし、平気か。 「……あれ? 芳樹、怒らないの?」 「怒る? なんで?」 「だって、言ってなかったから…」  苦笑した。「なんでもかんでも把握しときたいわけじゃねぇよ」言って、頭を一撫でしてやった。その瞬間、きゃーっと、展示室の奥から潜めた叫び声が聞こえた。女子の、興奮した声。……ああ、此処にも腐女子がいるのね。 「萌える」 「尊い…」 「まさか、生で拝める日が来るなんて……死ぬ」  いやいや、潜めてるわりに丸聞こえデスケド……。とゆーか、拝むな。  苦笑していると、スッと大成が直ぐ背後にやってきて、後ろから俺を抱き締めた。 「「「!?」」」  突然の事に、俺と何処かに隠れている腐女子二人が息を飲んだ。 「ばっ、な、何やってんだよッ……!」 「………なんか、気に食わなくて」  慌てて振り払おうと試みるものの、逆に奴は、その腕に力を込めた。 「ちょ、もう、やめろって馬鹿力ッ……! 後でタピオカ買ってやるから!」 「一緒に飲んでくれるの?」 「飲む飲むっ! ストロー差して飲むから! 取り敢えず、離せッ!」  ん?俺は何を口走った? 「きゃーっ」と言う悲鳴が、「ギャーッ」に変わった。「なになにっ?! どういう事ッ?!」「えっ、えっ、えっ?!」動揺……否、興奮する腐女子の潜めきっていないひそひそ声を訊きながら、先程の失言に耳まで真っ赤にしてしまう。 「…………大丈夫だよ、大成」  俺の動揺に気付いてか気付かずか、秋夜がポツリと溢した。  秋夜の声は、まるで水だ。  空気を震わせ、浸透する。それまでの空気を流しきる。皆、心を入れ換え、聴き入る為に耳を傾けた。 「今日のミスコン、見に来てね」 ……………『見に来てね』?  まさかなと予想することがあったが、まさかと思って半信半疑だった。  しかし、メインイベントであるミスコンに合わせてステージの方へ向かえば、ミスコンエントリーの中に、秋夜(まさか)の姿があった。 「あ、秋夜先輩もエントリーしてるんですね。ぼくの幼馴染もエントリーしてるんですよ!」 「面白いですよね、男なのに『ミスコン』に参加可能なんて!」と、大成の隣で、光希の声が跳ねた。  何でお前が居るんだよ、とかなんだとか、色々あると思うが、この衝撃は本日二回目なわけで。  時間軸的にも、少し時を遡らせて頂きたい。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加