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後編:眼鏡越しの世界
「えっ……」
「僕も本当は、この眼鏡越しの世界がそのまま見えているんだ。だけど、情けないね。僕はそれを今までずっと黙っていたんだ」
お兄さんの目にも私と同じような景色が映っていただなんて。
「でも……」
「たしかにみんなには、違う世界が見えていたらしい。静香もそうだ」
「じゃあ」
「僕らがおかしいのかもしれない、そう思ってる?」
お兄さんは、私の言葉を遮りそう言った。
「そうです。だって」
「たしかに研究室の20人、第一回モニター調査の100人にもそんな現象は見られなかった」
そう聞くと、やはり私の感覚がおかしいとしか思えない。
「未来の色彩という言葉がリークされて広まって、この新製品が注目を浴びるようになった。そして今回の調査、千人を対象にしたんだけれど。夏奈ちゃんの他にもいたんだ。同じようなことを言っている人が」
お兄さんは淡々と話していた。
千人のなかで同じようなことを言っている人がいた、とは言っても一人や二人なのだろう。
きっと、私の何かが人と違っていておかしいのは間違いないのだろう。
「それって、何人くらいなんですか?」
「まあ、夏奈ちゃん以外に二人だけだね。けど、僕は本当はもっといたんじゃないかと思ってる」
「どういうことですか?」
「モニターの際、静香以外の対象者には研究所に直接来てもらった。そして10人1組で調査を行ったんだ。アンケートは記入式だったけれど、眼鏡越しの世界に思わず涙する人や声を上げる人が後を絶たなかった」
状況が飲み込めてきた。
「つまり、本当のことを答えていない人がいたんじゃないかと。そういうことですか?」
「その通りだよ。僕みたいに、自分がおかしいということを恐れた人がね」
「私も、一緒です」
ついつい、前のめりになってしまった。
「いや、違う。君はそれを言う勇気があった。けれど、僕にはそれがなかったんだよ」
消え入りそうな声に、胸が苦しくなった。
また、詳しいことがわかったら知らせるよ。彼はそう言って電話を切った。
「皮肉なもんね」
静香がかき氷を突きながらつぶやいた。
「だって、色盲と言われてた人の方が素晴らしい世界を見ていたわけでしょう」
「素晴らしいってことは……」
「いや、でも私たちはたしかにそう思った」
静香は悔しそうに続けた。
「人の見えている世界の色はすべて違っていて、大きく分けると二種類。色盲の人とそうでない人」
静香は、突然立ち上がると指を二本立てた。
まるで、演説でもしているかのようだ。
「私たちは今まで、色盲の人には見えていない色があるんだと思っていた。まあ、それはそうかもしれない。けれど、彼らの見えている色は私たちの見ているそれよりもずっと美しかった、なんて」
はぁ……、いいなぁ。
再び座り込んだ静香の羨ましがる声に耳を傾けて、私もかき氷を突いた。
花火が上がる。静香はその眼鏡をかけて、空を見上げた。色とりどりの火花が、音を立てて散らばっていった。
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