なんにもない

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いつもの定食屋で、夕食を頂く。 メニューはカレイの煮付け定食だ。今日はカレイを食べたい気分だった。この店は日替わりの決まったものを出すだけではなく、幾つかの候補から選ぶことも可能だった。 向かいのテーブルで、比較的若年の会社員達が大声で話をしているのが耳についた。苛立った。こちらは一人、静かに食事をしたいのだが。 と、ここで思い至った。 苛々している。こんな感情は、いつぶりだろう。 鈍い刃を受け止めるためなのか、なだらかな悪夢が訪れてから、『感情』というものが非常に乏しくなっていた。 おかげでどうしようもない焦燥や無力感、ある種の絶望といったものから逃れられた。その代わりというのか、喜びや悲しみ、勿論苛立ちといった分かりやすいはずの感情とも、無縁になっていたのだ。 そうか、『感情』が戻ってきたのか。それとも、抑圧されていたそれがあらわれただけか。 どちらにしろ、『人間らしさ』が復活したことに、かわりはない。 箸で解したカレイの煮付けを一欠片、口に運んだ。 美味しかった。
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