鉛の海を泳ぐ

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 家に帰り自分の部屋のドアを閉める。幸い両親はいない。姉は予備校にいるらしい。殺風景な部屋の隅の棚から瓶を取り出した。とりあえず錠剤全てを机に広げてみる。  これをまさに薬物乱用というんだったな。妙な笑いが込み上げてきた。こんなにダメと言われていることをやってしまうんだから。だけど誰に何を言われても止めるつもりは無い。あたしはあたしの人生なんだから。  躊躇いなく、水でブロンを飲み込んでいく。何度かに分けて大量の錠剤を胃のなかへ収めていく。  瓶が空になるとあたしは満足して布団に潜り込んだ。  数十分するとふわふわとした酩酊感に覆われてきた。神様の掌で脳を転がされているみたいだった。  あ、楽しいな。楽しい。  自然と笑顔になっていた。なんだか周りの色彩までが変わったようだった。  その感覚を楽しんだ少し後だった。吐き気と痒みに襲われた。ゴミ箱を寄せて顔を突っ込む。酸い胃酸が逆流して口から溢れ出す。  食べた給食全てが出ていく。酸が咥内を侵食する。  苦しい。逃げたい。何から?あたしは何から逃げたい?何をしたい?  何故こんなことするのか、だなんて言われても……そうだ、あたしも何かに縋りつきたいんだ。  ちょっとでも依存できるものがあればそれでいい。こんな日々でも掴めるものがあるのならば。幸せと言えるんじゃないか。  相変わらず思考は鈍っていて自分が何を思っているのかわからなかった。ただただ思考は奈落へ沈んでいく。  ただいま、と予備校帰りの姉の声が聞こえていた。助けてと言えたら。  いや、あたしはそんなことを言っていい人間なんかじゃなくて——  目覚めたのは午後六時だった。吐瀉物を撒き散らしたあたしの醜態は誰にもみられていなかった。
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