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ある日の電話
「櫻井さん、お疲れ。もう上がっていいよ」
12月のある日。その日、私はアルバイト先の居酒屋で、ホールを担当していた。
二人連れのお客様の会計を終えた私に、店長の河野さんがそう声を掛けてきた。
「あっ、はい。お疲れ様でした」
河野さんにそう言い、キッチン担当である西村さんが作ってくれた賄を受け取ると、タイムカードを押し、更衣室で着替えるとお店から出る。
12月にしてはまだ過ごしやすい夜風に吹かれながら、帰路を歩く。
私の名前は、櫻井加絵現在、27歳。ちなみに、彼氏は生まれてこのかた出来たことはない……。
「お腹すいたなぁ~。早く家に帰ってご飯食べよう」
そう呟きながら信号が青に変わるのを待っていると、
ピロロロン。
LINEの着信音が鳴った。携帯を見てみると、高校時代からの友人である、
川上鈴音からの着信だった。
信号はとっくに青に変わっていたが、他の人の邪魔にならないよう、端の方に寄り、電話を取る。
「お疲れ~。どうしたの?」
電話に出て開口一番そう聞くと、
『加絵、お疲れ。今何してんの?』
鈴音がそう聞いてくる。
「今?今ちょうどバイトが終わって家に帰るところだよ」
『あっ、そうなんだ。そうそう今日さ仕事休みだったから、久しぶりに『喫茶B』に行ったのよ。そしたら、有末さんがいたよ。あたし、少ししゃべった』
「えっ‼有末さんに⁉どうして?島にいないんじゃなかったけ?」
鈴音の言葉に、思わずビックリする。喫茶Bは、私と鈴音が高校時代にアルバイトをしていた場所だ。有末さんは、その時の副店長だった。私達が高校卒業すると同時に、別の店舗に移動になったと聞いていたのに……。
『あーっ、なんか戻って来たらしいよ。加絵が仕事とバイトの掛け持ちを3カ所しているって言ったら、ビックリしていたよ』
「そうだったんだ‼有末さんかぁ……元気かな?会いたいなぁ……』
思わずポツリと呟くと、
『会いに行ったら?私は仕事とマサムネの散歩があるからあまりいけないけれど』
からかうように鈴音が言う。鈴音は高校卒業後、獣医になるための大学に進学。卒業後はこっちに戻って来て、今は獣医として動物病院で働いている。ちなみに、マサムネというのは、鈴音が飼っている犬の名前だ。
「そうだね。じゃあ今度行ってみる!」
『うん、そうしなよ。それじゃあ、あたしは明日も仕事だから、もう寝るわ』
「うん、分かった。お休み」
鈴音との電話を終えると、胸がドキドキしてきた。
ーー今すぐにでも、有末さんに会いたい……
そう思いつつも、
ーーいや、明日も仕事だし、何なら明日バイトの前に行ってみよう‼
そう思い直し、次の信号が青に変わった途端、せかせかと家までの道を歩いた。
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