桜庭一樹 著/私の男

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桜庭一樹 著/私の男

知り合いから本棚を貰ったので始めた蔵書の整理が、半年近く経ったいまも終わらない。 原因は一つ。つい手に取った本を読んでしまうから。これを始めれば最後、片付けはちっとも進まなくなります。 わかっていても止められないのは活字好きの方なら同意いただけるのでは。 衣装ケースに詰め込んだ小説、実用書、漫画が、五つと少し。本当はもっと多くあったけど数年前の引っ越しで大部分は手放しました。 残っているのは絶対に読み返すか、捨ててしまえば多分もう手に入らない絶版系の本が大多数。でも中には売ってしまおうかと悩みに悩んで結局持ってきた本もあります。 今回はそんな私を悩ませた本のお話。 『桜庭一樹 著/私の男』 直木賞を受賞した作品なのでご存知の方も多いかもしれませんね。 タイトルが既にすごい。なんだか淫靡な感じのする題名ですが、中身もなかなかにエロティックです。 物語は腐野花という女の子(と言っても二十歳過ぎのお嬢さん)が傘を盗んだ男と合流するところから始まります。人のものを盗ることに罪悪感のないインモラルな男は退廃的な匂いのする色男として描かれます。 今年四十になるこの男は花の養父で、九才のときに家族を亡くした彼女を拾い、それ以来ともに生活してきました。父一人、子一人、ずっと二人で暮らして来た二人が娘の結婚で離れる、ここまでが第一章です。 この本の構成として面白いのが、時系列が現在から過去へと流れていく点でしょう。映画などでも見られる手法ですが物語時間の最後、つまり結末を読者に見せてから源流であることの始まりへと読み手を導いていきます。 現在、父と娘は互いに草臥れて、関係も名を体で表すようにぐずぐずと傷んでしまっています。まるで義父と娘というよりは場末のヒモと養う世馴れした女のよう。 どうしてこうなったのか。いくつかの伏線を張り巡らせ物語視点を変えながら、物語は二人が出会った九歳の少女と二十五歳の青年の時点へと遡っていきます。 先にも書いたように、この本、引越しの時に売ってしまおうとしたんですよ。何故かというと、実はあんまり好きじゃないから。 決して読後感はいいもんじゃないし、ネタバレになりますが血の繋がった父娘による近親相姦だし、めちゃくちゃ子ども(しかも幼女!)に手を出しているし、とにかくドロドログチャグチャしててまったく趣味じゃない。 普段好みの本には強いシンパシーを覚えるんですがこの本には共感の欠片もありません。 じゃあどうして手元に残したのか。それはこの作品の持つ熱量が凄まじかったから、かもしれません。 それぞれ『家族』というものを知らずに育った義父と養女は、それぞれだけを見つめながら二人の世界に生きます。時には獣のように体を混じらせて、二人の関係を知った人間を殺してまで共に生きていきます。 その狂気的な執心、悲しいまでの他の人間への不信が生々しい筆致で書き上げられている。 しかも傷んでしまった現在から、罪を犯した時点、そしてなんの汚れもない運命の人と出会った瞬間へと汚から清へ流れていくストーリーが、結末を既に知ってしまった読み手に言いようのない物悲しさとカタルシスを突きつけるんです。 片付けを中断してパラパラと物語の世界を開いてしまった後、二人が固く手を繋いで並び立つラストシーンを数年ぶりに目にした私は少し後悔しました。 ここまで感情を揺さぶられるとしばらく自分の物語なんて書きたくなくなります。むしろ書けない。これを超えるお話なんて、私に書けるわけない。 それに本の片付けはまた途中で止まったまま進んでないんですよね。 でもついついまた冒頭を開いてしまう。良書を読んだときはすぐ始まりにループしてしまう。 これも読書中毒者あるあるじゃないかなと自分に言い訳をしながら、また物語の世界に没頭してしまったのでした。
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