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⚜ 顔合わせ ⚜
「アナ・ウィーツェ」
「…はい」
名前を呼ばれて、マリアナはあくまで冷静を装い静かに返事をした。
勿論、礼をとることも忘れない。
黒髪の女はマリアナの態度に満足したらしく、多少機嫌を良くしてマリアナから目を逸らした。
そしてまた、女の唇が開かれる。
「最後の合格者です」
会場の全員が、一斉に息を呑んだ。
「レン・イウェル」
「はい」
アレンは流石と言うべきか、名前を呼ばれても一切動じることは無かった。
当然と言わんばかりの態度で、淡々と礼を済ませる。
アレンの堂々とした態度に、マリアナは今更ながら彼が味方であることを感謝した。
合格者を発表し終えた黒髪の女は、最初に比べると随分機嫌の良さそうな態度で「以上です。不合格者はそちらの出口からお帰りください」と言って出口を指差す。
不合格者、と呼ばれた女達は悔しそうな悲しそうな態度で、渋々ホールを出ていった。
一方マリアナたちは「お三方はこちらに」という女の声で、ホールの出口とは別の質素な扉の前に移動する。
マリアナたち三人が横並びに、その前に黒髪の女とミハルが立った。
「私はメイド長のウェガラです。貴方たちには本日から屋敷に住み込みで働いていただきます。まず貴方たちの指導係ですが、」
ウェガラが扉を開ける。
扉の先に立っていたのは一人の老婆だった。
「彼女、マビが担当します。マビはこの屋敷で最年長、最も長く働いているこの道の熟練者です。しっかり彼女から学んでください」
「あんたらが新入りだね。流蛍屋敷のメイドに合格するなんて大したもんだ。この子、ウェガラは厳しくてね。彼女の合格基準に満たなかったらすぐ不合格だ。一人も受からなかったことがあるぐらいさ」
マビがカラカラと笑う。
ウェガラはそんな老婆を軽く睨むと、話を続けた。
「一ヶ月後、御三家で会食が行われます。マビの言うとおり私は厳しいですから、屋敷の使用人は少ないです。そのため入ったばかりの貴方たちに大きな仕事が来ることはないでしょうが、会食が行われる時裏方として働いてもらいます。ですから、それまでに完璧に仕事がこなせるようになってください」
「良いですね」と念を押すウェガラ。
三人はウェガラの気迫に押され首を縦に振った。
「じゃあ後はお願いします」
ウェガラはマビにそう言うと、ミハルと共に仕事に戻っていった。
ホールに取り残されたマリアナ達はマビと目を合わせる。
深い皺が刻まれた小麦色の肌や、骨に皮がついただけのような細い腕などを見ると随分年を食っているらしい。
髪も白いところが目立っていて、元の色であろう黒髪は数えるほどしか残っていなかった。
しかしマビの姿勢は綺麗にピンと伸びていて、声もハキハキとしていて若々しい。
マビは見た目と実年齢にそぐわず、まだまだ現役らしかった。
「じゃあ……、まずは自己紹介するかい?ああ、アタシのことはウェガラが全部言っちゃったけどねえ。まあいいさ。アタシはマビ。年は90かい?覚えてないねえ」
そこでマビがゲラゲラと笑った。
ミハルが居た時とは違う品のない笑い方だったが、それがマビの素なのだろう。
「ハイ次あんた」とマビが突如チヨを指差す。
どうやらさっきのでマビの自己紹介は終わったようだ。
突如話を振られたチヨは「えっ」と声を上げて驚く。
チヨは恐らく人前で話すのが苦手な質なのだろう。
何度か胸の前で手をワチャワチャと動かして、見るからに慌てていた。
しかし助け舟を出そうとマリアナが体を前に出すより早く、意外にもチヨは硬い表情をしつつも口を開いた。
「…チヨ・サキラです。歳は13…よく服を繕うので縫い物は得意です。掃除洗濯も、一通りできます。一生懸命、頑張ります。よろしくお願いします!」
スカートを握りしめながら、チヨは自分の言葉を確かめるように慎重に言葉を紡いでいた。
マリアナたちと話したときの、所々吃りながら話していた女の子とは少し違うチヨの姿。
家計を助けるために屋敷の給仕に応募したと言っていたから、チヨなりに覚悟を決めてなんとか頑張ろうとしているようだった。
緊張した面持ちでお辞儀をしたチヨを見て、マビはとても楽しそうな満面の笑みを湛える。
「うんうん、真面目そうないい子だ。よろしくね!」
マビはそう言ってポンポンとチヨの肩を叩いた。
チヨは安心やら喜びやらで、子供のように頬を赤く染めて破顔している。
そんなチヨを二人がなんとなく子供を見守るような気持ちになって眺めていると、マビがくるりとこちらに振り返ってびしりと二人を指さした。
「さあ次はあんたたちだよ」
二人は一瞬顔を見合わせて、アレンが一歩前に出た。
「レン・イウェルです。歳は15です。わたしは花を育てたりするのが趣味で、実家でもよく庭仕事のお手伝いをしていました」
「庭仕事のお手伝い?あはは!こりゃまたどうやら随分良いところのお嬢様が入ってきたみたいだ。お家にお庭が付いてるなんて!」
そこでマビの目が鋭く光ったのはマリアナの気のせいだったのかもしれない。
マリアナがマビのその顔を捉えた次の瞬間には、もうマビはさっきまでの快活な老婆に戻っていた。
「ああ、気分を悪くさせちまったんなら謝るよ。アタシはあんたが良いところのお嬢様だからっていびるつもりなんかない。ちょっとからかっただけさ」
そう言って、またマビは大きく口を開けてゲラゲラ笑う。
自分に向けられたアレンの申し訳無さそうな顔を微笑みで返して、マリアナはアレンよりも一歩前に出た。
途端にマビとの距離がぎゅっと縮まる。
マリアナは無意識のうちによそ行きの笑顔を浮かべて、口を開いていた。
「アナ・ウィーツェです。歳は15。アレンとは近所の幼馴染で、昔から仲良くさせてもらってるんです。マビさんがおおらかな方で助かりました。アレンはこのように、少し世間知らずなところがありますから、心配していたのです」
口からスラスラとでまかせを並べつつ、マリアナはマビの目を注意深く観察していた。
マビの姿勢や声は話しているマリアナに向けられているのに、その黒色の瞳だけがずっとアレンを警戒するように見つめている。
(マビには気をつけよう)
そうマリアナが目でアレンに訴えると、アレンもマリアナと同じような目を返してきた。
そしてその日は顔合わせ以外に特にやることもなく、四人はそこで一旦解散となったのだった。
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