月の願いを

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シリウス。リゲル。ベテルギウス。 カストル、ポルックス…… 天体望遠鏡、買おうかな。 潮雄はアパートのベランダで一人、夜空を見上げて思う。 大都会、とまではいかないが、彼が働くこの街の空は生まれ故郷に比べると淀んでいる。 子供の頃に比べたら明らかに視力も落ちている。 それでも四季のうち一等星が一番多く見え、有名な星座もたくさんの冬の夜空は無料で壮大なロマンを提供してくれるのだ。 見つめていると何もかも忘れて幼い頃に帰れそうな。 吸い込まれてしまいそうな無限の光の渦。 いっそ、ちっぽけな俺を飲み込んで粉々に砕いてくれたらいいのに。 しばらく眺めていたが、さすがに寒くなって部屋の中に入る。 携帯でちょっと調べてみると、初心者向けの望遠鏡は意外と安かった。二万も出せばそれなりの物が手に入りそうだ。 無駄遣いは出来ないけど、暇つぶしにはいいかもしれない。 一人暮らしの男が望遠鏡なんて覗いていると、あらぬ疑いをかけられる事もあるかもしれないが…… はあ。もう仕事行きたくないなあ。 田舎に帰りたい。 ちょっとくらいのミスでどんだけ注意されるんだよ。 カーテンを開けたまま部屋の明かりを消せば、窓辺に浮かぶお月様。今夜は半月。 半分影であなたも寒いのかい? 明日の朝も寒いだろうな。 布団に入って月をぼんやり見ていた。 月は地球の引力に引っ張られて、あそこにあるんだよな。 果てしない宇宙を何処かへ自由に飛んで行きたい、とか思わないのかい。 やっぱり月には月の事情があって、そういう訳にもいかないとか。 そんな事を考えながらうとうとしていると、何処かから声が聞こえた気がした。 『……タスケテ……』 ああ、夢の中まで。 俺はそんなに日常から逃げたいのかな。
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