第1話『夢への道標』

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第1話『夢への道標』

『星は日々を生きている、限られた時間の中で輝いている。 見ようと探さなければ見付けられないもの だけれど、見付けたその輝きは遠い場所から 届いた、あなたへの光』 『あなたに朝が訪れて、見えなくなっても、あなたを照らす太陽の、青い空の向こうでもずっと、見守っていますわ』 夜風が屋内へと舞い込んでフワリと揺れるレースのカーテン。 白いサンダルで外に出られるバルコニーに居るのは、銀色の髪をツインテールに結び、白いワンピースを着ている小さな女の子と、銀色のロングヘアーと白いブラウスに、紺色のシフォンスカートを履いている母親の後ろ姿。 母親の声は、優しく傍の小さな女の子に語り掛けながら、夜空の星を眺めていた。 (この子が健やかに幸せでありますように) それが【ステラ・アストレイア】の願い。 * シリウス星王国・港町マルフィク。 季節は春を表すプランタンの季節。 茶色のレンガ屋根に白い外壁の高い建物が建ち並び、青い海に面している港町を照らす太陽の暖かな光と、遠く広がる青い空。 マルフィクの町は店先で笑いながら立ち話をしてる人の様子や、海沿いに並んだ民家の屋根では数羽の小鳥が囀ずり、灰色の石畳の通りは観光客が行き交う姿があり、漁港には沢山の小さな船が停泊していて、ゆっくりとした時間の流れている穏やかな風景。   漁港の国旗ポールには上が赤で下が青、真ん中に白い星がある旗が、潮風に靡く。 かつての侵略国家も、今では貿易の盛んな友好国として、 諸国に歩み寄りを見せていた。 主に貿易の特産品で有名なのは、ワインにチーズや小麦で、小麦を使ったバゲットを目当てに、町の人々がパン屋に並んでいる。 海の幸に山の恵み、副産物や資源の豊富なこの王国は、大陸一の農業大国と言われており、農産物を始めとする商人が周辺国から出入りしていて、彩り野菜や海産物、鉱物や古着と骨董品を扱う露店が、屋根の付いてるテントを建てて、漁港の広場に並んでいる。 小さな船が沢山停泊してる漁港の広場では、シリウス語で市場のことを意味する催しであるマルシェが開かれている様子。 白と青の縦縞屋根のテントで、銀色の髪をツインテールに結び、黒いゴスロリ衣装を着た女性が一人、後ろ姿で赤茶色の長テーブルに商品を並べており、あるのは重ねられた同人誌。 表紙には美男子が2人で壁ドンして描かれており、ボーイズラヴハートとシリウス語で漫画のタイトルが書いてあって、自作グッズである男子キャラクターのアクリルキーホルダーと、アクリルスタンドにクリアファイルや、各推しキャラクターの缶バッジも置かれてある。 漁港の海側を向いて準備していた女性は、長テーブルに商品の配置を終えて振り返り広場を見ると、両手を腰に当て一言呟く。 「設営完了、ここをキャンプ地とするわ!」 その女性は銀色の髪のツインテールで前髪は真ん中が長いM字、細い眉毛に長い睫毛、両耳にパールのイヤリングを付けていて、瞳の色はブルーサファイアの様な澄んだ綺麗な青い瞳で目鼻立ちが良く、肌は白くて細身。 服装は黒を基調としたゴシックロリータな格好で、上衣は首元に黒のリボンを付けた黒い長袖のフリルブラウス、くびれているウエストには黒のコルセット。 下衣は黒いフリルのティアードスカートで、指の爪に青色のネイルを塗っていて、左手に指だけを出した白い包帯を巻いており、脚は素肌を隠した黒いタイツと、足元は黒のストラップシューズを履いている。 王国では定期的に行商人達による目玉商品を出品する、グランマルシェと呼ばれている商いのイベントが開催されているのである。 午前には朝市と呼ばれる魚介類や食用品のマルシェ、午後は骨董品や日用品を取り扱うマルシェとなり、その他は訪問販売や配達の依頼を受けて生計を立てているが、開催日と場所が決められてどちらも一同に集まって出店しているグランマルシェには、各地方の町で開催されて大勢の人々が広場に集まるのだ。 白い時計塔の時刻は午前8時、広場に人々が集い始め、テントの設営完了を呟いたゴスロリ服の女性【スピカ・アストレイア】も、パイプ椅子に座ってお客を待っていた。  スピカの露店にも商品を買い求めるお客が次々にやって来て、並んであった同人グッズはすぐに完売して、煌めく宝石が装飾されたブローチやネックレスに商品を変えて、再び商いをしていると、ブローチを見た桃色の髪の少女が一人でお店にやって来た。 「あの……石は売ってますか?」 声を掛ける少女はセミロングで桃色の髪、前髪は左分けのパッツン、眉毛は細くて睫毛が長く、ピンクダイヤモンドの様に綺麗な瞳で整った目鼻立ち、肌は白くて華奢な体型、白いブラウスにベージュニットカーディガンを羽織って、ミモレ丈のパステルピンク色のフレアスカートで、足元は茶色のパンプスを履いている清楚な服装である。 彼女の名は【ポラリス・ウルサミノル】 スピカは椅子から立ち上がると、ポラリスからの問い掛けに顔を見て答える。 「申し訳ないけれど、わたくしのブースには置いてないわね」 そう言うとスピカは下にあるダンボール箱から1個取り出した、透明なナイロンに包装されてある緑色の四角い石鹸を右手に持ちながら、ポラリスに見せる。 「マルフィク石鹸ならありますけれど」 「すみません、石鹸じゃないです……」 苦笑いで返事をするポラリスに、スピカは石鹸をダンボール箱に戻しながら、具体的な内容を問い掛ける。 「そうねぇ……石と言っても鉱石や宝石から詫び石まで、色々とありますけれど、お探しなのはどれかしから?」 するとポラリスはよくわからないと言った表情で返事をする。 「詫び石……? あっ、石と言ってもその、 名前がよくわからないんです」 握った右手を顎に添えてスピカも困惑している様子で話す。 「それは困りましたわね、その石に何か特徴 はありますの?」 訊ねられたポラリスは問い掛けに答える。 「私だけの石、みたいなんです……」 ポラリスからの返事に何かを察した様子のスピカは、彼女に優しい眼差しを向けて話を続ける。 「そうでしたら、わたくしもご一緒にお探し致しますわ、一人よりも二人で探したほうが何か手掛かりも見付かるかも知れませんわ」 ポラリスは顔を上げて驚くが、申し訳ない表情で両手を広げて、パーの手を前に出してワタワタさせながら話す。 「えぇっ、いいんですか!? でもお仕事の邪魔しちゃうといけないですし ……やっぱり大丈夫です!」 慌てるポラリスに答えながら、スピカから改めてランチの誘いを問い掛ける。 「お仕事は構わいませんわ、お腹も空きましたしそろそろお店を閉めるところでしたの。 よろしければ、わたくしとこれからランチをご一緒に如何かしら?」 「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」 探し物を手伝う為に、店を閉めるところと話すスピカに、ポラリスは申し訳ないと思いながらも断りきれずにそう答えた。 長テーブルに置いてある高価なブローチとネックレスに、液晶画面の付いてる長方形の黒い小型通信機器を、右手に持ちながら翳しているスピカ。 見ればカメラモードになってる液晶画面にブローチやネックレスを映して、カーソルを合わせながらタップして[保存する]を選び、保存用ファイルにアイテムを収納している。 これは機道具と言って、誰でも充光することで使用出来る様に造られた、大陸で流通している小型通信機器、通称シマートホン。 用途は主に通話やチャット連絡とアイテムの収納であるが、他にも色々なことに役立つ様々な種類のアプリを入れられる。 スピカは売れ残った商品を仕舞い終えると、傍で待っていたポラリスに声を掛ける。 「お待たせしたわね、さぁ行きましょうか。わたくしおすすめのお店がありますわ」 * スピカとポラリスがやって来たのは、中央に噴水があり周囲をいくつかの深緑の木々で飾られた広場。 広場周辺には白い外壁の4階建ての建物が並んであり、広場の中は周囲に深緑の木々が植えられて、1灯タイプの丸い球体にポールの黒い街灯が、灰色の石畳の地面に所々設置されており、中央の噴水と浅い水辺の遊び場を見ながら休む木製のベンチもある。 透明なカップに緑のストローが刺してあるアイスミルクティーを手に持ったスピカが、木製のベンチの左側に座り、アイスティーを手に持ったポラリスが右側に腰を下ろす。 スピカがもう片方の包帯の手に持っていたピンクの袋を2人の間のベンチに置き、袋口を広げると中身は透明な袋に包装されてて、三角形の白いパンに、半分にカットされてる赤い苺と白いふわふわなホイップクリームを挟んである美味しそうな苺のサンドイッチ。 苺のサンドイッチは2個入りで2つあり、赤い苺のフレッシュな甘酸っぱさと、ミルクの甘い口溶けの白いホイップクリームが、口の中に広がる至福の美味しさが想像出来る。 ポラリスが隣のスピカに顔向けて話す。 「サンドイッチまでご馳走して頂いてどうもありがとうございます」 その声にアイスミルクティーを飲みながらポラリスに顔を向けてスピカが答える。 「わたくしがお誘いしたのだから、気にせず に食べていいのですわよ、このイチゴサンド はわたくしの大好物、一人よりも一緒に分け 合うほうがより美味しくなりますわ」 「そうですね、私もイチゴサンド好きです」 そう答えると、ポラリスもアイスティーを飲み、スピカが会話を続ける。 「良かったわ、1日限定150個だからランチに間に合って珍しくツイていたわ」 「限定ってなんか特別な感じしますよね」 「そうね、お菓子とかも期間限定って書かれているとつい買ってしまいますわね」 「ふふ、買っちゃいますよね」 何気無い会話だけれど、スピカとの会話で少し緊張が解けたポラリスも、笑みを見せて話した。 するとスピカが何か思い出したかの様に顔を向けて青い瞳で見ると、隣に居るポラリスに話し掛ける。 「そう言えば、自己紹介をまだしていません でしたわね」 「そうでしたね」 ポラリスも確かにそうだったと気が付いて答えると、スピカが話しを続けながら改めて二人は面と向かって自己紹介をする。 「わたくしはスピカ・ヴァルゴ、 王国の旅をして回っている行商人ですわ。 あなたのお名前を教えて頂けるかしら」 スピカはファミリーネームをアストレイアではなく、ヴァルゴと偽って答えた。 「あっ、私はポラリス・ウルサミノルです、 スピカさんよろしくお願いします」 (もしかして、スピカさんて……) ポラリスはスピカを見て疑問に思った。 言葉使いや雰囲気がどことなく貴族のお嬢様な気がするが、行商人をしていることにも何か理由があるのだろうと察していた。 ポラリスの視界に映るスピカが自己紹介の返事をする。 「よろしくお願い致しますわ、ポラリス。 あなたは何かされていらっしゃいますの?」 スピカの問い掛けにポラリスが答える。 「個人でアイドル活動をしています」 「アイドルをされていらっしゃるのね」 「はい、でも上手くいかなくて……」 お互いに名前を伝えたからか、その親近感でつい悩みを口に出してしまったポラリスに優しい声で訊ねるスピカ。 「わたくしで良ければお話しを訊きますわ」 「ありがとうございます……」 そう言うとポラリスは眉を下げ表情を曇らせて顔を下に向けてしまい、パステルピンク色のフレアスカートにピンク色の瞳の目線を落とすと、ゆっくりと話し始める。 「実は……何をやっても上手くいかなくて 悩んでて、ライブをしていても来てくれる のは今まで3人くらいで……。 見ても途中で帰ってしまったり、1人に 見てもらえるのって、こんなに難しいこと なんだって個人で活動していて思いました」 ポラリスはアイスティーの入ってる透明なカップを、両手で持ちながら話しを続ける。 「私ってアイドルの魅力が無いのかなとか、 興味を持ってライブを楽しく見てもらうには どうしたらいいんだろうって、悩んで両親に 相談したら、お母さんはありのままでいいよ って、お父さんからは私だけの石を見付けて みたらどうだって、言われて……。 あ、お父さんは石マニアなんですけどね」 ポラリスの悩みを隣で見つめながら訊いていたスピカが話す。 「そうでしたのね、それであなただけの石を探していると言う訳ですわね」 「はい……」 ポラリスはスピカを向いて答えると、元気が無い様子で再び顔を下に向けてしまう。 表情を曇らせて下を向くポラリスを見て、スピカが少し迷った様子で青い瞳を伏せて、少し間を空けてから再び隣のポラリスを見ると問い掛ける。 「アイドルをしていて楽しいかしら?」 ベンチに座るポラリスとスピカの後ろ姿。 中央にある噴水の水辺では数人の子供達が、楽しそうに声を出して遊んでいる。 「楽しくは、ないです……他のアイドルさん を見ていても楽しそうだなぁって思っちゃい ます、凄く尊敬していて憧れなんですけど、 大勢のファンの前でライブをしてるのを見て 圧倒されて、アイドルって凄いなぁ、私には あんな大きなステージに立つのは、無理なの かななんて、ちょっと羨ましかったり……」 それはポラリスの弱気な声、それでも彼女のピンク色の瞳は憧れを映し出した真っ直ぐな目をしている。 「でも憧れていたいんです、憧れのアイドル さんを見るのも楽しみたいですし、アイドル 活動も楽しくやりたいです、プロダクション に所属してるアイドルさんは、歌って踊って ステージイベントに出演したり、収録したり 毎日忙しい中クタクタになって帰って来ても 、いつも応援してくれているファンに元気な 姿を見せているんです。 だから私も皆さんのように、みんなに元気 を届けられるアイドルになりたいんです」 憧れるのは好きなこと、だけど好きなことなのに上手く出来ない時は焦ってしまうし、周りが優れて見えて自信を無くしてしまう。 憧れの光が強い程に自己嫌悪に影が差す、その心の葛藤に悩むポラリスに、自信を持たせてあげられたらと思うスピカが提案する。 「……そうでしたのね。それならわたくしと ランチの後もお散歩するのは如何かしら? 悩んだ時は気分転換も必要ですわよ、まずは イチゴサンドを美味しく頂きましょ」 その言葉にポラリスはスピカに顔を向けると、曇らせていた表情を和らげて答える。 「そうですね」 スピカがピンクの袋の中から、包装されたウェットタイプのお絞りを、白い包帯を巻いている左手でポラリスに手渡す。 「はい、お絞りをどうぞ」 手渡されたお絞りを受け取ってお礼を言いながらポラリスが話す。 「ありがとうございます」 「その手の怪我はどうされたんですか?」 白い包帯が手首から手の甲と手の平まで巻いてあり、指先は出ていて青いネイルをしてる左手を見せながら、スピカが答える。 「これは異界の邪龍ダークナイトエンペラードラゴンの力を、封じている設定よ」 「あ、設定なんですね……」 それ以上は突っ込まず、そう言う時もあるよねと優しく受け入れたポラリスであった。 * ポラリスとスピカの2人は、マルフィクの町のメインストリートである、真っ直ぐに道が伸びる石畳レンガの大通りを歩いていた。 通りは様々なお店が建ち並んで、ポールが黒色の4灯タイプの街灯と、緑色の木の葉の街路樹が並んでいる。 「お店が沢山あって、どこに入ろうか迷ってしまいますわ」 スピカが辺りを見ながらポラリスに話して歩く。 「そうですね、観光客も多い町なのでお土産屋さんも混んでますね」 ポラリスはそう答えて、町に並ぶお店を見て人々が行き交う通りを歩いていると、黒髪ポニーテールで、服装は深緑色のマウンテンパーカーを着て、紺色のデニムスカートと黒いスニーカーを履いたカジュアルな少女が、ポラリスに近付いて声を掛けて来た。 少女の名は【カペラ・アウリガ】 「すみません、ポラリスさんですよね?」 カペラの問い掛けにポラリスは答える。 「あっ、はい!」 するとオニキスのような黒い瞳を輝かせてカペラが話す。 「やっぱり! お会い出来て光栄です! 会えたら伝えたかったことがあったので」 「伝えたかったこと、ですか?」 ポラリスの疑問にカペラが話し出す。 「この前広場のベンチでライブを見ていて 、今日までの日々は宝物、夢に近付く一歩 踏み出そうのサビの部分の歌詞が好きで、 歌声を聞いてファンになりました! その時私、歌手のオーディションに落ちて 夢を諦めかけてたんですけど、歌声にまた 挑戦してみようって、勇気をもらいました」 「ありがとうございます、嬉しいです!」 ぱぁぁぁっと嬉しい表情になるポラリスにカペラが話す。 「練習とか大変で挫けそうな時もあると思うんですけど、夢に向かってお互い頑張りましょ、応援してます!」 「私も応援してます、お互い頑張りましょう!」 「お話ありがとうございました! それでは失礼します!」 にこやかに手を振って通りを去って行ったカペラ。 嬉しくなっている様子のポラリスを見て、スピカは優しく彼女を見つめた。 「あ、すみませんスピカさん、話し込んでしまって……」 「気にしなくて良いのよ、ファンの方とお話し出来て良かったわね」 「はい! 私の知らないところでも、見てくれてる人が居るって思うと、ライブをしていても一人じゃないんだって、どこかで見てくれた人と繋がれてるのって嬉しくなりますね」 「そうね」 そう言ってスピカは柔らかな表情を、隣で嬉しく微笑むポラリスに見せた。 ポラリスとスピカはその後も、洋服屋で服を見たり、ポラリスが茶色い小熊の帽子付きパーカーを可愛く着て見せたり、お土産屋で可愛い熊の手帳やお菓子を買ったりもした。 支払った手荷物は、レジ横の長テーブルでカメラモードにしてシマートホンに保存。 店を出て再び町を歩くポラリスとスピカは楽しそうに会話をしている。 「今日は久しぶりにゆっくり出来て楽しかったです」 「良かったわ、ポラリスはどれを着ても似合うわね」 「えへへ、そうですか?」 徐々に打ち解けてきた2人、スピカと歩くポラリスの表情も笑顔になってきていた。 スピカがポラリスに顔を向けて訊ねる。 「ライブの衣装はあなたが作っているの?」 「そうですね、お母さんと一緒にデザインを考えて作るのは私です」 「そうなのね」 すると、話しながら石畳の通り歩いている2人の前から、小さな女の子が走って来た。 「おねえちゃん!」 女の子の声に気付いたポラリスとスピカが揃って前を向き、二人で立ち止まる。 走って来た女の子は、茶色の髪を白いボンボンの付いたゴムで二つ縛りにして、前髪はパッツン、アクアマリンの様な水色の瞳で、服装は黄色いワンピースを着て、橙色の子供用の小さな靴を履いた無邪気な幼い女の子。 女の子の名は【ラナ・エリダヌス】 「おねえちゃんおうたうたってるひとぉ?」 ラナの問い掛けに、ポラリスはしゃがんで目線を女の子に合わせると、優しく微笑んで答える。 「そうだよ」 ラナは無邪気な笑顔でポラリスに話す。 「ラナしってるー、おねえちゃんあいどる」 ラナからアイドルと言われたポラリスは、目を大きくさせてちょっと驚き、隣のスピカはチラリと顔を向けてポラリスを見る。 「すみません、うちの子がお姉さんのこと 好きみたいで……お話の途中失礼しました」 少し遅れて走って来たのは、茶色の長い髪をサイドテールに結んだ女性、まるでラナが大人になった姿のように似ている女性はラナの母親で、身長が高くスタイルの良い美人。 白のブラウスに薄紫色のプリーツスカートで、色白の素足にクロスストラップシューズを履いた格好である。 母親の名は【クルサ・エリダヌス】 「いえいえ大丈夫です! お気になさらずに」 ポラリスがクルサに答えると、隣のラナがクルサに顔を向けて話す。 「ラナ、おねえちゃんとおはなしするの!」 「少しだけよ?」 困った顔を緩ませて答えるクルサにラナが元気に返事をする。 「うん! わかった!」 ラナは両手のグーを上下に動かして、興奮しながらポラリスに話し掛ける。 「あのね! ラナ、おおきくなったらね! おねえちゃんみたいにあいどるになるの!」 アイドルになると訊いてポラリスは優しく微笑むと、明るい声でラナに話す。 「そうなんだ! お姉ちゃんと一緒に、アイドルになろうね」 「うん! やくそくだよ!」 そう言いながら小さな手で小指を立てて前に出すラナの手に、ポラリスも右手の小指を絡ませて約束をする。 「お姉ちゃんとの約束」 クルサがポラリスにお礼を言うと、ラナに話し掛ける。 「ありがとうございます、良かったねラナ」 ラナはクルサに顔を向けて元気に答える。 「うん! ラナあいどるになるの!」 そしてクルサがポラリスに話し掛ける。 「この子、お姉さんのライブを見ていると、 泣いていてもすぐに元気になるんです。 また見に行きますね」 「ありがとうございます、また見て頂けたら嬉しいです」 「それでは失敗します」 「おねえちゃんバイバ~イ」 「バイバ~イ」 小さな手を振って笑うラナに、ポラリスも笑って手を振る。 「ラナ、帰るわよ」 「か~え~る~の~う~た~が~」 「あらあら、ご機嫌ね」 親子は仲良く手を繋いで、和やかに通りを歩いて行った。 親子を見送って見つめるポラリスに、隣のスピカがぽつりと呟く。 「あの親子を見ていて思い出してしまったわね……」 それはスピカが19歳、冬の明け方だった。 屋敷の寝室でベッドに横になるベージュのネグリジェ姿ステラと、顔を近付けて「お母様!」と呼ぶ白いネグリジェ姿のスピカ。 『大好きよスピカ、 産まれてきてくれて……ありがとう』 それはベッドで母親ステラが、涙が溢れるスピカの頬に触れて、最期に伝えた言葉。 「スピカさん……?」 心配そうに顔を覗き込むポラリスにスピカは顔を向けて返事をする。 「ううん、なんでもありませんわ」 ポラリスとスピカが居るのは、町の海沿いにある小さなビーチ。 海沿いにいくつかあるビーチよりは小さな浜辺だが、青い海が目の前に広がり、砂浜に波が打ち寄せては引いてを小さく繰り返す。 2人はマルフィクの町を歩いて回り、お昼から時間も経ち、最初に出会った南部の漁港付近まで戻って来ていた。 散歩も終わりの雰囲気、もうさよならだ。 行商人は王国各地を回って旅する職業だ、またこうやって会えるのは、いつになるのか分からない。 出会いは一期一会、お別れしてしまう前にポラリスには訊きたいことがあった。 スピカは静かな海を見つめて一言呟く。 「海が綺麗ね」 「あのっ……」 声を上げたポラリスにスピカが顔を向けて返事をする。 「何かしら?」 するとポラリスが真剣な表情で唐突に訊きたいことを投げ掛ける。 「スピカさんの夢って何ですか?」 その問い掛けに目を丸くさせたスピカは、右手で顎に青いネイルの人差し指を当てながら考える素振りを見せて、惚けて答える。 「……夢? 大きなイチゴサンドに乗っていて、空からもイチゴサンドが山盛りに降ってくる夢かしら?」 スピカの惚けた答えにポラリスが鋤かさずツッコミを入れる。 「じゃなくて、目標のことです!」 「そうね……お話してもいいかしら?」 隣に居るポラリスよりも数歩前に出ると、波打ち際で黒いストラップシューズの足元を見て、それから目の前の青い海と遠くの空を見つめるスピカ。 「はい」 ポラリスは返事をすると、視界に見える波打ち際のスピカの後ろ姿は、どこか寂しさを語っている。 そしてポラリスからの問い掛けの答えを、スピカはゆっくりと話し始めた。 「わたくしの夢は、美しい景色を見ながら 旅をすること。 生まれて間もなくわたくしは視力が無くて、変わりに膨大なリュミエールを持って いましたわ。 目が見えない理由には、そのせいもあり ましたけれど、生きていく為には身体から リュミエールを解放させなければならなくて、自らを守る力を失ってもわたくしは、 生きて彩りある景色が見たかったのですわ」 ポラリスは、スピカが自らを守る術である星法が扱えないと知ると驚いて、目を大きくさせる。 遠く、空と海の境界線を見つめる寂しげなスピカは、少し後ろに居るポラリスに話しを続ける。 「自分がどんな姿なのか、家族の顔も周り の景色も何も見えなくて、ただ目を閉じて 同じ毎日を過ごしていたわたくしに、色は ありませんでしたわ。 空が何色なのか、青い海はどんな色なの かもわからないまま、想像さえも叶わない 光景は凄く無力で、孤独でしたわ……」 ポラリスは表情を曇らせて、スピカの話を静かに傍で訊いている。 「希望の無いそんな幼い頃のわたくしに、 お母様が言ってくれましたの。 あなたの夢は何かしらって……。 わたくしは、目が見えるようになったら、 色んな場所をお散歩したいと答えたわ」 ポラリスが声を出しスピカに問い掛ける。 「その時に見えるようになったんですか?」 波打ち際のスピカは振り返って、ポラリスに顔を向けると答える。 「目を治したのはお母様ではないわ。 リュミエールを大地に還せると言う星導師の 星法で、わたくしは視力を得ましたわ」 ポラリスも数歩前に出て波打ち際のスピカの隣に並んで話す。 「見えるようになって、夢を叶えられたん ですね」 スピカは柔らかな表情になってポラリスに顔を向けて話す。 「えぇ、行商人になって旅をして、景色を 見ながら各地を巡って、もう叶わないと思っていた夢を今、叶えられていますわ」 ポラリスも柔らかな表情でスピカを見ながら話す。 「夢を叶えられて、本当に良かったですね。私も叶えられるかな……」 すると、スピカがポラリスに語り掛ける。 「そうね、夢は見るだけではなくて向かう姿を 見せることも大切だと思いますわ。 あなたを見ていてくれる人達は、頑張って いる姿に勇気をもらったりあなたの笑顔に元気になれたり、ポラリスを応援しながら、 みんなも応援されているんじゃないかしら」 ポラリスは目を大きくさせて、歌手を目指している少女のカペラと、アイドルに憧れる小さな女の子のラナのことを思い浮かべる。 そしてスピカから、ポラリスに優しい声で言葉を伝える。 「高い理想を求め過ぎて足元が見えなくなる こともあれば、不安で下ばかりを見て、目の 前の困難に辛くぶつかる時もありますわ。 そんな苦しい時は前を向いてみることよ、 自信を持ってごらんなさい、誰かと比べなく てもいいのですわよ、あなたの良さもあるの だから」 ポラリスは話しているスピカの顔を見つめて訊いている。 「目指していることに向き合う自分の意志を持って、どんなに迷っても自分なら出来ると 信じて、一歩ずつ夢に向かい続けることが、 あなたの道標になってくれますわ」 するとポラリスは目を大きくさせて、驚いた表情になると、顔が赤くなってしまう。 「自分の意志……石ってそう言う! 私、 意味を取り違えてしまって恥ずかしい……」 スピカは少し微笑みながら話を続ける。 「その意味もあるかも知れませんけれども、 お父様の言いたかったあなただけの石と言う のは、おそらく個性のことだと思いますわ。 同じ石にも色んな形や名前があるわ、輝き方 もそれぞれ、人の個性も似ていますわね」 探し求めていたポラリスだけの石、それは彼女らしさと夢を目指す彼女の意志だった。 そのことに気付けたポラリスは、ピンク色の瞳をキラリと光らせると、心のモヤモヤが吹っ切れた様に、嬉しそうな表情で呟く。 「個性……私は私でいても、いいんだ!」 そのポラリスを見たスピカは頬を緩ませて彼女に問い掛ける。 「探しものは見付けられたかしら?」 ポラリスは澄んだ笑顔を見せて、明るい声で元気にスピカに答える。 「はい! 大切なものを見付けられました! 私は私らしく、みんなが好きでいてくれる 私でいようと思います。 そして笑顔を届けられるように、出会えた 一人一人を大切にしていきたいです!」 スピカは優しく見つめるとポラリスに話し掛ける。 「見付けられてなにより。 わたくしもポラリスを応援していますわ」 ポラリスは嬉しそうな表情でスピカにお礼を伝える。 「スピカさん、今日はお話を訊いて頂いて、ありがとうございました」 スピカも優しく見つめてポラリスに返事をする。 「いえいえ、わたくしも楽しめましたわ」 すると、ポラリスがスピカに訊ねる。 「スピカさんはこの後の行商、どこへ向かうんですか?」 スピカは少し考えると行き先を話し、写真を送る成り行きで、連絡先を交換しようかと黒のシマートホンを取り出して。 「そうねぇ、アダラ湖を見に行こうかしら、 ポラリスにも湖の写真を送るわ、連絡先交換しましょうか?」 ポラリスは表情をぱぁぁっとさせてとても嬉しそうに即答する。 「えっ、はいっ! お願いしますっ!」 「随分嬉しそうね、もしかして言い出せずにいたとか?」 「ち、違いますっ!!」 青い瞳をジト目にしてポラリスの顔を伺うスピカ。 「ホントにぃ……?」 「ホントにホントですっ!!」 ポラリスはそう答えながら頬を赤く染めて照れながら、慌てて両手のパーを前に出してワタワタさせた。 「ふふっ」と二人で笑い合い、名残惜しいポラリスの気持ちにお別れの風が吹く。 そして砂浜の二人は、ポラリスがピンク色でスピカが黒のシマートホンを向け合って、別れ際の時間を過ごしていた。 ここはスピカの泊まっている宿屋の一室。 部屋に「ピロンポン」と音が鳴る。 木製の机と白いクローゼットがあり、黄緑色のカーテンが閉まった部屋でベッドに腰を下ろしていて、ベージュ色のスリッパは履かずに下にあって、青色のペディキュアをした素足でおり、白いレースにフリルの付いてるネグリジェを着て、ストレートヘアーの艶やかな銀色の髪を下ろしているスピカ。 彼女は右手に持つ黒いシマートホンを見ている様子。 そのシマートホンに映っているトーク画面には、可愛い小熊のキャラクターアイコンでチャットが届いていた。 〈明後日、ライブをするので10時に 良ろしければジュリアーヌ広場に 見に来て頂けたら嬉しいです! 〉 画面に「ポン」と書き込まれた返信。 〈見に行くわ。楽しみにしてるわね〉 * 翌日の広場では、アイドル衣装を着てヘッドセットマイクを付けたポラリスが歌っており、衣装はピンクのラナンキュラスの花をモチーフにした髪飾りと腰回りの花の装飾で、ピンク色のティアードスカートに白いニーソックスと白のブーツを履いている。 広場に居るはファンと言い応援してくれているカペラと、アイドルに憧れている幼女のラナに付き添う母親クルサの親子、ライブを見学している人達は老若男女合わせて15人集まって居て、そこにはスピカの姿もある。 そしてポラリスが次の曲を歌い始める。 「憧れて歩き始めた夢の道 それは遠くて長く果てしなく 同じ景色がずっと巡ってた」 スピカは思い出す、桜散る春にお屋敷の門を出て旅を始めた頃は、まだ道も分からなくて町でよく迷っていた記憶。 「私がどこに居てどこへ向かうのか 誰に訊いてもわからない 確かな事はただ一つ 歩いていれば進んでる」 これから先どうなるのかわからない不安を抱えながら一人で旅をして、広場で行商して、通りを歩く親子に母の面影を浮かべては、曇り空の下で泣いていたスピカの記憶。 「今日までの日々は宝物 夢に近付く一歩踏み出そう 諦めなんて辞めないで 続けたその先に光がある」 母との日々は宝物、迷った旅路も諦めずに歩き続けた。 カペラ、ラナ、クルサ、スピカが、観客の前で明るい歌声とダンスを披露するポラリスを見つめ、スピカは瞳を潤ませる。 「憧れを目指し進む夢の道 理想通りにはいかなくて 何度も挫けて心見失い 悔し涙に足を止めていた」 ピンク色の衣装を両手で握って、部屋の床に座り込んで泣いていたポラリスの記憶。 「それでもみんなの声がする 一人じゃないから進めるよ」 脳裏に浮ぶのはアイドルを応援してくれたお母さんとお父さん、勇気をもらえたと町で声を掛けてくれたカペラ、憧れてくれているラナと見守ってくれているクルサ、そして自信の無かった自分に言葉をくれたスピカの顔。 「今日までの日々にありがとう 夢を目指して元気を届けよう 一人一人の応援で 繋げたその先に未来がある」 「続けたその先に光がある」 ポラリスは思った。 自分に魅力がないなんて思わなくていい、 一人一人に魅力があって、傍に居てくれる人がいる。 例え今が辛くても、明日へ歩き続けたら、 その先の出会いが待っている。 もしかしたらそこには、喜びも、新しい発見もあるかも知れない、 だから前に向かって、今を生きよう。 高々と晴れた青い空に、人指し指を上げる ポラリス。 その表情は1番星、 満天の笑顔が輝いていた。 第1話完
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