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 呆れ顔の健人に、そうだっけ、と裕二はとぼけた返事をかえした。  十九という歳の差は、何度確認したところで縮まりはしないのに、分かっていても時々こうして聞いてしまう。 「なぁ、健人」  ん? と首をかしげる健人の顔を、じっと凝視する。  少し垂れ目の人懐こい顔立ち。  恋人という贔屓目(ひいきめ)を抜きにしても、人に好かれやすいタイプだと思う。  外見だけでなく素直な性格も手伝って、なにか失敗しても「仕方ないな」とつい許してしまう。そんな不思議な愛嬌が、健人にはある。 「お前、最近、親になんか言われないの」 「なんかって、なにを?」 「いやほら、お前も良い歳だし、将来のこととかさ」  こちらから切り出しておきながら、いざ『なにを』と問われると曖昧にぼかしてしまった。  健人が成人してから付き合い出して、もう四年になる。  大学進学と同時に独り立ちした健人は、盆と正月以外めったに実家に帰らず、大抵の週末は、このアパートにやってくる。独身の四十男が住む1DKの狭い部屋。一体何が面白いのかと思いつつ、いつのまにかお決まりの流れになってしまった。  しかし二十四といえば、仕事やら結婚やらと周囲が騒がしくなり始める頃だろう。健人の両親からしてみれば、年頃の息子のことが色々と心配になるのではないだろうか。 「んー、特になにも。付き合ってる人がいるのは知ってるから、ちゃんとしろよ、とは前に言われたことあるけど」 「はぁ!?」  さも当然と言わんばかりの健人の態度に、裕二は思わず大きな声を出した。  が、この部屋は壁が薄かったことを思い出して、すぐにわざとらしい咳払いでごまかす。  身体から血の気が引いていくのを感じながら、何故そんな余計なことをと言いたいのをこらえた。  おそらく、健人に悪気はないのだ。 「健人、それはいつ、どこまで話したんだ。俺のことも話してあるのか」 「付き合ってる相手はいるのかって聞かれたから、いるよって答えただけ。それ以上は、まだなにも話してない」  その言葉で、一気に力が抜けた。  目元を手で押さえながら、「なんだよ、もう」と安堵の溜息をつく。 「驚かすなよ。心臓が止まるかと思っただろ」    危うく、取り返しのつかないことになるところだった。  自分のような歳の離れた男が息子の恋人だと知れた日には、健人の親は引っくり返ってしまうだろう。世の中には、知らない方が幸せなこともある。 「……そんな、嫌なんだ」  普段よりも低い声に、裕二はハッとして顔を上げた。いつになく険しい顔つきの健人と目が合って、蛇に睨まれたみたいに体が固まる。 「ねぇ、裕二さん。この際だから言うけど、俺、裕二さんを親に紹介したいと思ってる」 「……は?」  冗談はよせ、と茶化せるような空気ではない。きつく眉根を寄せた真剣な表情が、言葉にするまでもなく、本気だと訴えかけてくる。  早くなった心臓の音を誤魔化すように、裕二は力なく首を横に振った。 「なに言ってんだ。そんなこと無理に決まってるだろう」 「なんで、俺たちが男同士だから? でも、このまま黙って付き合ってたって、いずれ隠し通せなくなる時がくるよ」  健人の言葉が針になって、全身に突き刺さる。  今まで目を背けていた現実を突きつけられた気がした。 「……健人」  名前を呼ぶと、健人は目を伏せて、唇を真一文字に引き結んだ。不貞腐れたような表情は、出会った頃のまだ幼い面影を色濃く残している。  
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