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 裕二は、ひとつ溜息をついた。 「俺たちは普通とは違うって、お前も分かってるだろう。男同士だからってことだけを言ってるんじゃない。もし、お前の親が俺たちのことを知ったら、どう思うか」  裕二が言い終わるよりも先に、健人は勢いよく顔を上げた。一瞬大きく目を見開いたあと、くしゃりと顔を歪ませる。その表情に、傷口を抉られるような痛みがはしった。 「普通って、なに。俺たちは普通の恋人じゃないの?」  絞り出すような悲痛な声に、裕二は心の中で耳をふさいだ。  自分は、最低なことをしている。  いつかこんなことになると分かっていた。  分かっていたのに、受け入れてしまった。  なんの覚悟も持てないのなら、最初から健人と関係を持つべきではなかったのだ。 「……あのさ、裕二さん」  (かす)れた声で名前を呼ばれて、裕二は顔を上げた。 「裕二さんは、本当は俺のことどう思ってるの?」  (すが)るような視線に、胸がしめつけられた。  罪を裁かれる囚人は、こんな気持ちなのかもしれない。 「お前のことは大事に思ってるよ」 「そんなこと知ってる。そうじゃなくて、俺は裕二さんのパートナーにはなれない?」  ストレートに問われて、言葉に詰まった。 「俺は裕二さんのことが好きだよ。この先も、ずっと付き合っていきたいと思ってる」  静かな、けれど熱をもった声。指先が震えそうになって、隠すように拳に握り込んだ。  でも、と健人のトーンが一段落ちた。 「それは俺の意志だけでどうこうできる話じゃないし。だからもう俺に可能性がないなら、今ここではっきり教えてほしい」  頭の中で、判決をくだす木槌(きづち)の音を聞いた気がした。 「……今?」    重い頷きを返してくる健人を目の前に、自分は何を言っているんだろうと思った。むしろ、もっと早くにこうするべきだったのに。 「健人」  浅く息を吐いてから、口を開いた。  ーー俺は、お前のパートナーにはなれない。  言葉にすれば、たった数秒。それですべてが終わる。  今ここではっきりと健人を拒絶することだけが、自分に唯一できる贖罪だ。 「俺は、」 「うん」  先をうながす声に、強く拳を握りしめた。 「俺は、お前とは」  言いかけた声が、情けないほどに震える。 『パートナーにはなれない』と、出会った時から分かっていた。  何度突き放しても追いかけてくる物好きな若造。  いくら自分の性的指向が同性であるとはいっても、誰でもいいわけじゃない。  親子ほど歳の離れた男など範囲外どころか論外で、けれど、『いい加減にしろ』と一喝すれば途端に捨てられた子犬みたいな顔をするから、結局は根負けしてその手を取ってしまった。 「裕二さん」  ふいに、健人の指先が裕二の頬に触れた。 「なんでそんな泣きそうな顔してるの」  心配そうにこちらを覗きこむ健人の輪郭が、透明な膜で歪む。  慌てて服の袖でぬぐうと、ごめんねと、まるで子供をあやすように頭を撫でられた。  かっと顔に熱が集まって、「お前は俺を何歳だと思ってんだ!」とその手を振り払った。
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