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第13話 合格
シン、リリィ、カレン、ギルの四人は、いきなり現れたブロウィに目を見開いた。
ブロウィだけではない。
その後ろには、襲撃され負傷したはずのニーナの姿もあった。着ている服はボロボロだが、顔にも身体にも、傷は殆どない。
そして四人とは反対に、黒いマントを着た五人は安堵のため息を吐いた。シャリーデアはカレンを縛っている縄を優しい手つきで解いてやった。
カレンが心底驚いた表情でシャリーデアとブロウィ、ニーナを見る。
ブロウィはそんなカレンを見て頷き、口を開いた。
「本当に良くやった。」
「見事、五人とも合格だ。」
ブロウィは珍しく笑顔だった。
いや、珍しいどころではない。初めてじゃないだろうか?
五人の記憶の中にブロウィの笑顔は記録されていなかった。
合格の言葉を聞いても、四人はいまいちピンと来ていないようだった。怪訝な表情を浮かべる中、ゾーイだけが満面の笑みをつくっている。
「話の前に、ブロウィ。」
クラドが言った。
「この子達を治していいかな?このままだと死にはしなくても、能力を使い過ぎたせいで後遺症が残りかねない。怪我もあるしね。」
「ああ、そうだな。シャリーデア、カトレナ、頼む。」
シャリーデアとカトレナが頷いた。
シャリーデアはクラドに支えられているリリィの方へ行き、カトレナは(ようやく頭をふんずけていた足を退けて)シンの身体を起こした。
二人は目を瞑った。リリィがギルの傷を治癒したように、二人もそうした。
が、何も起こらない。
二人は驚いたように顔を見合わせた。
「能力が使えません...」
「私もだ。何も感じない。」
「何だと?」
クラドとマドズが眉を顰めた。
顔を見合わせ、そして二人も目を閉じた。が、暫くして目を開けた。
「おい、俺も使えないぞ。」
「リーダー、これは...?」
クラドがアランを見た。
が、アランはクラドを見ず、目を細めてゾーイを見た。
ゾーイはアランの視線に気付くと、くるりと身体を後ろに向けて、ギルの顔を覗き込んだ。
「ギル、何かしたの?」
「へぇっ、俺?」
思考が停止していたギルは、いきなり話を振られて心底情けない声を出した。
全員の目線が向けられる。
ギルは何も言えず縮こまった。
「まさか、さっきの閃光か?」
マドズが言った。
シャリーデアが躍起になっている横で、カトレナが静かに頷いた。
「確かに。私は荷馬車でニーナを治癒した。その時は治癒できた。その後ここに来てあの閃光を受けた今、ヒーリスが使えない。」
「ふむ...能力を封印する能力か。」
カトレナからギルへ、もう一度全員の視線が集まる。ギルは注目に耐え切れず地面を見た。
「まあいい、とりあえず本部に戻ろう。近くに別の荷馬車を置いてある。医療室で詳しい話をしよう。」
ブロウィが言った。
未だによくわかっていない四人を連れて、黒マントの五人、ブロウィ、ニーナ、ゾーイが出発した。
本部の医療室。
ベッドに横たわるシン、リリィ、ギル。カレンはリリィの、ゾーイはギルのベッドに座っている。
全員が見える場所で、ブロウィとニーナが立って話をしていた。
「つまり、あの襲撃がテスト内容?」
眉間に皺を寄せながら、身体を包帯で巻かれたギルが言った。その言葉に、ブロウィが頷いた。
「そういうことだ。そして荷馬車に積んでいたガン・キューブ、又はソード・レックを発動させる事が出来れば、合格という流れだった。あの武器は特別な能力を使わないと発動しない仕組みになっているからな。」
「他のチームも同じことを?」
シンが聞いた。
点滴を打ち、今は幾分顔色が良い。
シンの問いに答えたのはニーナだった。
「まあ、襲撃は同じね。だけど、武器の発動が条件ではないわ。全く別物のテストよ。」
「じゃあ何で私達だけ...?」
疑問にカレンが首を傾げた。
それは他の三人も同じだった。
ブロウィが口を開く前にリリィが言った。
「あのガン・キューブとソード・レックは通常のものとは異なっていました。五つとも姿形が違う。それに、あの人達は私をナーチャーのヒーリス所持者と...」
「ナーチャー、ディスター、ヒーリス。どれも聞いたことのない言葉です。一体何の事ですか?」
シンが続いた。
その問いにギルが何度も頷く。
ブロウィは疑問だらけの四人(と、ぼんやりしながら足をパタパタさせているゾーイ)の顔を見回し、口を開いた。
「それを今から説明する。が、説明するのは私ではない。」
「お呼びだねブロウィ。」
気さくな男の声と、扉の開く音。
五人が一斉に扉の方を見た。
黒いロングコートを着た四人の男女が医療室へ入って来た。
先程の声の主は、どうやら先頭に立つ青紫色の癖っ毛の男らしい。見たことのない顔だが、声は嫌というほど聞き覚えがある。
リリィはハッとした。
「あなたが、あの時の...?」
カレンとギルも同じく、気付いたようだ。思わず構えるリリィに、クラドは優しく笑いかけた。
「順番に紹介するよ。俺はクラド。声で気付いたと思うけど、カレンちゃんを攫いシン君を蹴り上げ、ギル君を斬りつけてリリィちゃんを締め上げたあの憎き男だよ。いやあ、ごめんね!あの時は。」
両手を合わせて、クラドが謝った。
カレン、リリィ、ギルは顔を見合わせた。
確かに細身ではあったが、フードの中身がこんな優男だとは思ってもみなかったのだ。
何処となくゾーイとかぶる笑顔。
ギルは緊張が解れたのか、少しだけ笑ってしまった。
クラドは次に、自分の横にいる男を見た。
「そして彼はマドズ。見た目はおっかないけど...中身もその通りだよ。シン君と戦ったのが彼さ。」
年は三十半ば。顔には大きな十字傷。
濁った茶色い目に、肩上まである灰色の髪を後ろでくくっている。
シンはマドズの足を見て驚いた。
左足はあの時失ったはず。だが、目の前にいるマドズには両足がちゃんとついている。
マドズはシンを見てにやりと笑った。
「残念だったなあ、坊主。俺は義足なんだ。左足だけじゃない、右足も、両腕もだ。痛がってたのは“ふり”だよ。どうだい!中々の演技だっただろう?」
そう言ってケラケラと笑うマドズを、シンは何とも言えない表情を浮かべながら黙って見つめた。
この人は想像していた通りだ。と、五人は思った。
「俺とマドズがディスター所持者。よろしくね。それでその隣の彼女がカトレナ。ブロウィが現れても尚、シン君の頭をふんずけていた人だよ。」
歳はクラドと同じ位であろう。
ベリーショートの水色の髪と鋭い瞳。
見るからに気が強そうなカトレナは、五人を見て鼻を鳴らした。
「最後の、彼女がシャリーデア。」
シャリーデアは深くお辞儀した。クラドとカトレナより歳は若干若く見える。
ふんわりとした薄ピンク色の長い髪をポニーテールにした、カトレナとは反対に気の弱そうな女性。
優しげな空色の瞳は、能力を使わずして人を癒す力を持っているようだった。
「二人がヒーリス所持者。あと一人、リーダーのアランっていうディスターの凄腕がいたんだけどね...もう良いだろって言って、さっさと仕事に戻っちゃったよ。病的に無愛想だけど、根は良い人だから皆よろしくね。」
クラドの笑顔に、未だよくわからないまま各々浅くお辞儀した。
紹介は済んだ。クラドはブロウィを見た。ブロウィが頷き、クラドはまた五人の方を向いた。
「...さて、じゃあ、説明と行こうか。長くなると思うけど、まずはナーチャーについて、今の段階で解明されている部分を話すよ。」
それ以外の事は自分で見付けていってね、とクラドは付け加えた。
四人が身を乗り出して息を潜める中、クラドが話し始めた。
「昔話をしよう。この国が出来るよりもずっと昔、戦争も平和もない、国という概念がない中、より強力な力を持つ者、生物がより広い土地を支配していた時代があった。もう数百年も前だけどね。」
そこで、リリィは唐突に短く声を出した。
全員の視線がリリィに行く。
リリィは咄嗟に口を手で塞ぎ黙った。が、クラドが話を中断して笑いかけたので、遠慮がちに手を退けた。
「古書を少し読んだ事があります。自然のものや、そうでないものを操り、幻獣を従えて能力のない者達を奴隷にしていたと。」
「幻獣?」
ギルが眉を顰めた。
そんなギルを見て、マドズが口を開いた。
「餓鬼。お前は蛇を見たことがあるよな?鳥を見たことも。」
いきなり話しかけられ、ギルは少し肩を震わせた。
マドズは普通にしているだけで、人を威嚇してしまうらしい。ギルはマドズの胸辺りに視線を落としながら、小さく頷いた。
「じゃあ、それらが合わさった動物を見たことがあるか?幻獣っていうのは、その名の通り幻のような恐ろしい獣だ。」
「その蛇と鳥が合わさったような幻獣を、龍と呼んでいたらしい。私達セルビリアの掲げる紋章が“それ”だ。」
カトレナが自分の左胸を指した。
ギルはその紋章をよく知っていた。
セルビリアの本部の天辺にある旗に、同じものが描かれているし、ブロウィやニーナの白いコートの左胸にも、同じものが描かれている。
それでも名前なんて知らなかった。幻獣なんて言葉も聞いた事がないーーーとギルは思ったが、シンとリリィが特に驚きもしていないので、きっと自分が授業を真面目に聞いていなかっただけなのだろうと理解した。
ブロウィが何か言いたげな顔でこっちを見ている姿も視界の隅に入っていたが、ギルは気付かないふりをした。
「その暗黒の時代に名を馳せていた強大な支配者が、龍を従えていたようです。そしてその龍が、セルビナ国、そのお隣のレイドール国、ナルダ国辺りまでの土地を住処にしていたと。」
シャリーデアが透き通る声で言った。鈴の音色のような声に、その場にいた全員が癒された。
クラドがまた口を開いた。
「そう。だけどね、いかに非凡な能力を持っていようと平等に死は訪れる。寿命で死んだのか争いの中死んだのか、いったい何年生きたのか定かではないけど、とりあえず、その支配者は命を落としていった。」
「支配者が死に、従えていた幻獣や他の地に住む幻獣達も次々と姿を消して行った。そうすると人間達は、長い年月をかけて国というものを造って行った。」
「国、民、軍、平和、戦争といった、今の時代に繋がるものが生まれたんだよ。」
そこでクラドは一旦切った。
五人は顔を見合わせた。国がないなんてとても考えられない時代だ。
戦争があるから平和がある。
平和があるから戦争がある。
その当たり前の事が、昔のどんな時代にだって当たり前の事だったと、勝手に思い込んでいたようだ。
ギルは横目でゾーイを見た。
国の概念がない、という部分で、ゾーイの昔の話を思い出したのだ。
ゾーイは驚いたような表情を浮かべているが、それが何故かとてもわざとらしく感じられた。最初からそう見てしまっているからなのか本当にそうなのかは、今のギルにはわからなかった。
「支配者は、突然現れたという。」
クラドの声が耳に入り、ギルは気を取り直した。
「幻獣が持つ特殊な能力が突然、非力な人間という生物に授けられたと。その支配者の他にも、そのような人間は何人か存在していたらしい。」
「そして今の時代になって何故か、またその現象が各地で現れ始めている。」
「その、能力が覚醒した人間のことを、ナーチャーと呼ぶんだよ。」
クラドは五人の顔を順番に見た。
そのまま何も言わないので、代わりにシンが答えを出した。
「あのテストで、俺達は覚醒したと?」
「そういうことだ。」
マドズがにんまりと笑った。
シンはマドズから自分の両手に視線を落とした。
とても信じられない思いだった。それはリリィもカレンも、ギルも同じようだった。
ゾーイだけが眠たそうに欠伸をしている。
「最終日の健康診断で採血したのを覚えてるか?ナーチャーの血をトルタの聖水に入れるとな、色が変わるんだよ。普通の人間ならそのままだがな。」
マドズが言った。
「それでお前達五人の素質が映し出され、力を外に引き摺り出す為にあんな手の込んだ芝居をしたんだ。」
「覚醒の条件でわかっているのは、命の危険と強い想い、覚悟だ。私やマドズは元々違う国出身で軍に所属していた。戦争も幾度か経験して来たから、自分がナーチャーである事は何年も前からわかっていた。」
カトレナが続ける。
言い終わった所で、カトレナとマドズがクラドとシャリーデアの方を見た。
シャリーデアはその視線に気付き、クラドを横目で見た後、ゆっくりと前を向いた。
「お二人とは異なり、平和なセルビナ国出身の私やクラドは命の危険に晒される事なんてありませんでしたから。あの戦争の中、いきなり覚醒しました。」
シャリーデアの言葉に、カレンが微かに肩を震わせた。とても嫌な記憶を思い出してしまったようで、顔色は真っ青だ。
他の四人の中でリリィだけがそれに気付いた。
クラドはカレンを見て優しく微笑んでみせたが、カレンはクラドから素早く視線を逸らしてしまった。
「...まあ俺達の話は後に置いといて。」
困ったように頭をかきながらクラドが言った。
「次は君達五人の能力についてだね。」
気を取り直して。と、空いているベッドに座り込み、人差し指を唇にあてながら五人を楽しげに見つめる。
「じゃあ...まずはシン君。」
これまでになく真剣な表情のシンを、クラドが戯けて指差した。シンは無意識に背筋を伸ばした。
「いやあ、素晴らしかったよ。やっぱり元がトップクラスなだけある。覚醒したばかりの状態であれだけディスターを使い熟すなんてね。」
「...まあ、覚醒に至った理由が“女”ってところが、俺はどうも快く頷けないがねえ。」
クラドに続いてマドズが言った。
顎髭を右手でなぞりながら、心底下品な笑みを浮かべている。
マドズのその言葉を聞くなり、四人が勢い良くシンの方を見た。(その後でカレンだけが小さく息を呑んでリリィを見た。)
シンは珍しく、顔を真っ赤にしていた。
“女”の意味を問いただそうと四人が一斉に口を開いたと同時に、クラドが慌てて割って入った。
「待った。おいマドズ、茶化すのは禁止だ。本当に皆殺しにされると思ってシン君も必死だったんだからさ。」
「ああ~、悪かったよ。」
クラドに手をひらひらさせて謝ったが、マドズはまだ真っ赤になったままのシンに嫌な笑みを向けていた。
クラドは呆れたようにため息を吐くと、唐突に手を叩いて大きな音を出し、五人の頭の中の雑念を吹き飛ばした。
「続けるよ。ディスターについて。俺やマドズ、リーダーと同じ能力で、近距離から中距離の完全攻撃タイプだ。能力を例えるのなら、炎や熱。」
「ナーチャー専用のガン・キューブやソード・レックは、その者の能力を纏った攻撃が出来る。シン君の武器は高熱を持ち、対象を焼いて溶かしただろう?」
シンはマドズとの戦いの記憶を蘇らせた。が、それは困難を極めた。
どうやら思っていたよりも、あの時の自分は怒りに満ち溢れ、激情だけに身体を委ねていたらしい。断片的にしか思い出せなかった。
「左足へソード・レックを突き刺しただろう?あん時のお前みたいに途中で発動を止めたりしなきゃーーーまあ俺は義足だから根元までで止まるが、生身ならそうはいかない。自ら切り落とさないと、あのまま全身を溶かされて死ぬ。」
マドズが言った。目は真剣だが、口元にはまだ先程の笑みが取り切れておらず、シンは少し嫌な顔をした。
「一発掠める事さえ出来りゃあ致命傷。それがディスターの攻撃の特徴だ。なかなか爽快だぜ?」
ギルとカレンは身を震わせた。シンにそんな恐ろしい能力があったなんて。
次に、カトレナが口を開いた。
「銀髪の女、お前は私やシャリーデアと同じ、ヒーリスの能力者だ。シールドや治癒、主に防御やサポート役。」
シンと同じように、リリィが背筋を伸ばしてカトレナの目を真っ直ぐに見た。
が、すぐに首元へと視線を落としてしまった。まるでリリィが道端に転がった汚いゴミであるかのように、鋭く睨んでいたからだ。
出来ればシャリーデアに教えて欲しかった。と、リリィは心の奥底で思った。
そんな気持ちを知ってか知らずか、カトレナはそのまま淡々と言葉を並べて行く。
「だがサポートだけではない。マスターすれば、攻撃も出来るようになる。“拒絶”だ。これは二年目のシャリーデアでさえまだ完璧に出来ていない。」
「お前は今回の志願者の中でも高いランクを付けられていたと聞く。ソード・レックの扱いも上手いと。そして覚醒直後に治癒をやってのけた。多少は期待してやる。」
有難うございます、頑張ります。とリリィが胸をはって言った時には、残念ながらカトレナはもうこちらを見てはいなかった。
シンとリリィは顔を見合わせた。
実際にあの時やってのけたものの、その全てが夢の中の出来事だったのではないか、と疑いたくなる気持ちだった。
クラドはそんな二人を見て微笑んだ。
「まあ、二人の能力に関しては、俺達が教えてあげられるからね。ディスターとヒーリスはセルビナと、あとレイドールとナルダにしか現れないから。」
「えっ、そうなんですか?」
カレンが驚いて聞いた。
クラドが頷く横で、今度はシャリーデアが口を開いた。
「確定ではないのですが。先程の話に出てきた、暗黒の時代にこの一帯を住処としていた龍が、ディスターと、ヒーリスの元となる力を持っていたらしいのです。」
「そしてその幻獣の遺体がこの土地の何処かに埋まっている、もしくは過去に存在していたせいで現代も影響を受けていると。それで、セルビナ国レイドール国ナルダ国の中で、その能力を持つナーチャーが多く現れると言われています。」
「まあ、何故今になっていきなり影響が出だしたのかは何も分かっていないんですけどね。」
へえ、と二人は情けない声を出した。
そうは言われても、何もピンと来ない。スケールの大き過ぎる話に、実感はまるで湧かなかった。
クラドはまた手を叩いた。
そして、二人以外の、三人を見た。
その目は少しも笑っていない。
ギルは気を引き締めた。
「ということで、優等生のお二人の結果については研究チームは然程ビックリしていなかったみたいだけど。」
「問題は君達だよ。劣等生諸君。」
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