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第2話 少年少女
90名の志願者達は基本的に3チーム30名ずつに分かれて訓練に励んでいる。
たまに合同演習があったり、教官の命令で他のチームと組まされたりする事はあるが、ほぼ顔を合わせない。
なので、同期同士で顔も名前も知らないなんて当たり前だ。
だがゾーイはグランスの養子という肩書きに問題の自由奔放さが加わって、知らぬ同期はいなかった。
今回ゾーイのチームがいる訓練室はこの通路の一番奥。辿り着くまでに他チームの訓練室の前を通ることになる。
他の者(例えばカレンだったり)であればすんなりと風のように過ぎ去れるのだろうが、ゾーイには障害が沢山ある。
「ゾーイ、久しぶり。」
ゾーイの斜め前に待ち構えた(知っているような知らないような)少年が声をかけてきた。
「お前のチーム、今回は自習だってさ。いいなあ。」
「久しぶり。自習って知ってるよ、じゃなきゃ僕が来るわけないでしょう。」
「それもそうだな。いいよなあボスの養子様は自由にできて!」
それだけ言って、少年は部屋に戻って行った。
その他にも、通路にたまる者、訓練室の窓から覗き込む者達からの言葉、視線、態度全てに華やかな笑顔で答えながら、ゾーイは歩き続けた。
(確かにちょっと目立ち過ぎてるかもなぁ。)
グランスの困った顔がゾーイの脳裏に過ったが、それは何の影も残さずに行ってしまった。
ゾーイのチームの部屋には幾つもの自習用の器具が置かれていた。
広々とした部屋に、各々で動く同期達。その中で、ゾーイはいつもの仲間達の姿を探した。
基礎体力を向上させる為のトレーニング機。(シャツ全体を深い色に変える程汗に塗れたシンが使っている。)
切れ味のない安全使用のナイフや剣。(主にギルのチャンバラに使われている。)
テーブルが並べられたスペースの横にセルビナの歴史や特殊な術、戦闘での在り方が載っている見るからに重い本の塊。(カレンが真剣な面持ちで読んでいるが、それはギルから借りた流行りの本だった。)
リリィは一人で誰もいない(誰も近寄れない雰囲気の)スペースに座り込み、瞑想していた。
ゾーイは周りからの視線を手慣れた笑顔で受け、リリィの方へ向かった。
「リリィ、何してるの?」
「...瞑想。」
「何を考えるの?」
「何も考えないのよ。」
「そうしたら何があるの?」
「それを見る為にしているの。」
「じゃあまだ見えていないの?」
「ああ!あなたが来るとまるで集中できないわゾーイ!」
勢い良く立ち上がったリリィは鬼の形相でゾーイを睨みつけた。
が、ゾーイはいつもそれを笑顔で受け止めて流してしまうため、リリィはため息を吐く他ないのだ。
「ゾーイ、来てたんだ。」
カレンとギルはようやくゾーイの存在に気付いた。
「いやまあ、普通はいつも来るものなんだけどね。」
「カレンの言うとおりよ。」
カレンの言葉にリリィは激しく頷いた。が、カレンの手に持たれた本を見るなり、また先程の鬼の形相でカレンをじとりと睨んだ。
「今の時間の教官はサリーさんだよね?」
「そうなんだけどさ。サリー教官、疲労でぶっ倒れたんだって。おかげでサリー教官の時間はこれから暫く自習だぜ。最高だよな。」
「そういう発言は控えろよギル。」
真っ白のタオルで身体を拭きながら、シンが言った。(優等生の有り難き御言葉~~~とギルが茶化すように言った。)
「いない人もいるよね。何処に行ったの?」
「演習場の方も色々用意してくれてるんだ、そっちに行ってるんだろう。それか、お前みたいにサボってるかだな。」
残念ながら後者の方が多そうだが、と、心底呆れた顔でシンが言った。
この自習を遊び半分に捉えている者は、なにもゾーイやギル、カレンだけではない。
志願者の最終テスト日まであと数ヶ月。もうどう足掻いたところで実力の差は埋められない。
成員に認められる者は30名なのだから、この時点で諦めている者は当然多かった。
ギルを筆頭に。
「シンとリリィは入隊決定だろうね、よっ、国家軍隊兵士様!」
半ばヤケクソ気味に、両手を後頭部にやりながらギルが言った。
その瞬間、ゴンっという鈍い音と共に、ギルの頭に痛みが走った。リリィのゲンコツが炸裂したのだ。
「痛っ、リリィ何するんだよ!」
「そういうの禁句。でしょう?」
人差し指を立てながら、リリィは険しい表情で言った。
助けを求めるようにギルはゾーイを見たが、ゾーイは少し困った笑顔を浮かべるだけだった。
「軍隊とかが?それ、セルビリアの人達みーんな言うよな。」
セルビリアは、 他国への攻撃、侵略はしない、あくまで国と平和の守護を目的とした、軍ではなくチーム、団体である。勢力を槍としない、平和と正義を掲げる組織の成員である。
それがセルビリアの目指す夢であり、掟であることは、国民ならば誰もが知っていた。
だが、ギルだけではなく志願者の殆どが、その意味を深くは捉えていなかった。
「ボスは何でそんなに、そこに拘るのかな。」
その何で、は、自然とゾーイに向けられた。
当たり前だ。この中では首領の一番身近にいる者なのだから。
四人全員(聞き耳を立てている他数人)の視線と疑問を浴び、ゾーイは数秒迷った後、口を開いた。
「うーん、ここは戦争なんて無縁の国だったでしょ?それが二年前の世界戦争で、ようやく戦力が無ければいざという時に平和を維持出来ない...って考えた。」
「でもその戦力を間違った方向で使ってしまうと、この国に残された辛い傷を、他の国、そこに住む民達にも残してしまう。同じことをしてしまう。」
「だから、平和を守る、国を守護する、それを目的にした力を集めよう。平和を脅かす者がいた場合のみ、全戦力を使って食い止めよう。」
「そういうスタンスなんじゃないのかな?」
言い切ったと同時に、ギルとカレンが感心したような声を出した。
リリィはまるでそれを自分が考えた事のように自慢げな顔をしている。
シンだけが、不服そうな表情を浮かべていた。
「まあ、スタンスがそうってだけで、実際やっている事は同んなじなんだけどな。」
「まあね、そうだと思うよ。結局は血と泥をぶちまけられて腰を抜かした、もうこんな目にあいたくないって怯えてる、平和ボケじいさんの戯言だよ。」
そのゾーイは驚くほど刺々しかった。
言葉もそうだが、何よりも瞳の奥がそうだった。
それに一番気付いたのは、優等生のシンでもリリィでも、気遣いのあるカレンでもなく、ギルだった。
「そんな事言わないでよゾーイ、私はパパの考え、本当に素晴らしいと思う。戦争なんて真っ平御免。平和が一番だよ。」
カレンが夢心地に言った。
シンは肩をすくませ、ゾーイを見た。ゾーイは(何故か)ギルに向かって微笑んだ。
「まあ、その考えあってこその国民からのこの声援だからね。」
「そうだけど...でも考えてもみろよ。」
口を開いたのはギル。
否定的な出だしで初っ端からリリィに睨まれたギルは、もごもごと言い辛そうに続けた。
「あの戦争でのセルビナが受けた痛みが傷がって言ってもさ、セルビナの今の国民の半数、もっと言うと志願者やセルビリアの人達の半数以上、他からの流れ者だぞ?」
他には聞こえないくらいの小さな声で言ったギル。リリィに怒られるかな、と覚悟したが、意外にもリリィはそうならなかった。
「それはそうね。」
頷くリリィ。
シンとゾーイも何も否定しなかった。
セルビナの国民や、当時は只の国内での警備に当たっていた戦力のないセルビリアは、あの戦争で半数が命を落とした。
今セルビナの人口は戦争前より少し増えているが、それは世界的な戦争により故郷を奪われた民や孤児達を受け入れたからだった。
戦争により傷を受けた事は全民間違いないのだが、セルビナに思い入れがあるかと言われると、確かにギルの言うとおりだった。
「それっぽい話はシンと話したわ。覚悟や思い入れが違うってね。」
「...まあ、戦争の恐ろしさを味わった事実は同じでも、自分の故郷で踏ん張る気持ちっていうのは確かに差があるだろうな。」
「半数は新たな土地で新たなスタート。私達は故郷を、居場所を自分達の力で守りたいってね。申し訳ないけれど、ちょっとやっぱりよそ者って感覚で見ちゃうもの。」
罰が悪そうにリリィが言った。
ギルは自分が言い出した事に少し後悔した。
「あ、しまった、ゾーイはセルビナ出身じゃないんだっけ」
「「「えっ!!?」」」
「そうだよ。あ、全然気にしないでね?」
ギルの唐突な思い出しに、三人は大慌てした。これだけ散々言った後に、まさかゾーイは“よそ者”だったなんて。
謝る四人を宥めるゾーイは、いつも通りの朗らかな表情だ。やんわりとした安堵を胸に、四人は顔を見合わせた。
皆、あまり過去の話を好んでしたりはしないが、ゾーイの話はそれこそ全く聞いたことがない。次第に申し訳なさよりも、好奇心が勝っていった。
「ゾーイは何処出身なんだ?」
「そうだねえ、凄く遠い所だよ。そもそも、国とは言えないような場所さ。」
「ん?どういう事?」
言葉の意味が分からず、四人は怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「うーん、国じゃないと言うか、名前がない。国境もないゴミ溜まりみたいな所だったなぁ。本当に酷い場所だったよ。」
天井に目線をやりながら、ゾーイは思い出すように言葉を並べた。
四人共何も口を挟まない。
ゾーイの話が聞ける(聞いてもはぐらかされずちゃんと答えが返って来る)機会なんて又とない。
続く言葉を催促する空気に、ゾーイは苦笑いした。
「そういう場所って、追っ手を撒きやすいし危ないから、裏社会の人間達の住処になるんだ。闇組織が幾つも拠点にしてたよ。そのおかげでいっぱい危ない目にあったけど、物知りになれたな。」
「...お、親はいないのか?」
「親子とか、そんなものないよ。自分が生き延びて行く事に子供なんて邪魔なだけでしょう?もし産んだって道端にポイだよ。それか、売り飛ばして金にするか。だから、そこは皆と同じだね。僕も孤児だから。」
四人は喉を鳴らした。
随分と曖昧な音が出た。
一言で言えば、(思っていた感じと違う。)だった。
そして、更なる疑問が浮かんだ。
「そこからどうやってセルビリアのボスの養子になんか...」
ギルはそこまで言って、はっとして口を紡んだ。ゾーイがにっこりと屈託のない笑顔を浮かべたからだ。
最近はあまり顔を合わさないにしても、よく一緒につるんでいたギルにはわかる。
これは“はぐらかす時の”笑顔だ。
「僕の話ばっかりズルイよ。皆の話も聞かせて。ねえカレン?」
「えっ、私?」
いきなりの名指しに、カレンは肩を上げた。
全視線がカレンへと向けられる。ゾーイのようにはぐらかす術を、カレンは持っていなかった。
「えっと...言ってなかったと思うけど、私はトルタ町出身だから...」
「えーっ、カレン、トルタの人間なの?」
ギルが目をまるくした。
それは他の三人も一緒だった。
カレンは困ったように笑った。
「ゾーイ、トルタ町はセルビナ国の端にある町だ。」
この国出身ではないゾーイに、シンが説明した。
「ちょっと特別でな、トルタ町出身の人間で一人予言者が居た。」
「予言者?」
「二年前の戦争を予言したんだよ。もう話も聞かないから、きっと戦争で死んでしまったんだろうが。それでトルタ町はただの田舎って印象から、予言者を生んだ町って印象に変わったんだ。」
「一番端っこの海沿いなのに執拗に潰されたものね、トルタ町。何か理由があるとしたら、その予言者だわ。もう今は何も残ってないもの。」
「へえ、不思議な町なんだね。カレンにも不思議な力があるかも。」
「無いに決まってるじゃない。私なんて平凡中の平凡って人間だもの。」
ゾーイの期待の目に、カレンが恥ずかしそうに視線を床にやる。その目に深い悲しみが浮かんでいる事を、誰も見る事はなかった。
と、高い鐘の音が部屋全体に鳴り響いた。
「あら、もう終わりね。」
リリィが辺りを見回して言った。
話に夢中で気が付かなかったが、同期の半数が既に部屋を出ており、残りももう片付けに取り掛かっていた。
「うげぇ、次は鬼の教官ブロウィの時間だぞ。」
「遅れたら罰則対処ね、急ぐわよ。」
「ゾーイとカレンの話を聞けたんだ、後はまた空いた時間に寮で話そうか。」
「賛成!」
ゾーイは四人に手を振ると、(何もしていないから片付けるものも勿論ないので)足早に部屋を出て行った。
各々自分の作業に取り掛かり出した中、ギルはゾーイの背中を横目で見送った。
(ゾーイの話なんて初めて聞いたな...)
ギルは勝手にゾーイを、何不自由ない生活をしてきたものだとばかり想像していた。
それが今回の話によると全く真逆だったことに、少しショックを受けた。
自分達は元々の平和な生活が戦により一変して奪われた。だがゾーイは奪われるものなく生きてきたのだろう。セルビナに来るまで、国というものすら知らなかった。全く育ってきた環境が違う。
結局グランスとの繋がりははぐらかされてしまったが、そこは差して気にはならなかった。
只々、最悪の環境の中で育ってきたゾーイの屈託なく笑う様が、やけに恐ろしく思えたのだ。
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