第四話

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「それで? この俺が光栄にも君の御眼鏡に適った理由が知りたいな。まさか、過去に来て他に知り合いも頼るアテもないから消去法で選んだとかつまんない理由の訳ないよね?」 「……あ、当たり前です。貴方に頼んだのには理由がちゃんとあります」  と言っても、半分は男の言う通りなのだが。  なにせ、着の身着のままいきなり見知らぬ街に飛ばされたのだ。しかも過去。  知り合いどころか、土地についての知識もゼロである。悔しいが、王都行きの安全な旅を頼める相手などいるはずもなかった。だが、何より一番の理由は…… 「貴方に頼んだのは、現時点で私が未来から来たことを知っている唯一の人だからです」  5年前の過去の人間にアニタが未来が来たことを知られるのには、懸念点が主に2つあった。  1つは、アニタが知っている未来の情報を利用しようとした人間に狙われるかもしれないこと。これは今回の件で身に沁みて感じた。尤も、これは相手がタイムスリップという荒唐無稽な話を信じることが前提だが。 「私が未来人であることを知っていつ利用してくるかも分からない見知らぬ相手より、既に利害関係が成立している貴方に頼る方が間違いないと考えました」 「ついさっき殺そうとしてきた相手なのに?」 「そうです。とても不本意ですが」  アニタは苦虫を100匹ほど潰したような顔をする。状況が状況だけに仕方がないとはいえ、自分の人脈の無さが今は恨めしい。頼る相手が殺人犯(未遂)だけとは。  しかし、もうひとつの懸念点のことを考えると案外それで良かったのかもしれない。5年後の未来での接点が恐らくゼロに等しい相手であるこの男なら。  2つ目の懸念点。それは、未来から来たアニタが過去の人間に関わったことによって、その人の今後の未来を大きく変えてしまうかもしれないことだった。時の流れの中でいえば、今のアニタは間違いなく異分子だ。アニタとこの時代の人間が接触することが、どんな効果をもたらすのか分からない。それが小さいのかも、大きいのかも。いずれにせよ、過去で関わる人間は極力減らした方がいいだろう。  以上のことをそっくりそのまま男に伝える。すると今までヘラヘラとしていた彼の表情が、どことなく挑発的なものに変わった。 「君が俺の未来を変える、ねぇ」 「あくまで可能性の話です。5年後の未来で貴方と私は全く接点が無いので、恐らく私の存在は貴方の今後に影響することは殆ど無いとは思いますが、一応注意しておいた方がいいかと、」 「……いいね。気に入った!」 「……え?」 「面白そうだし、君の条件飲んであげてもいいよ。王都まで安全に連れて行ってあげる」 「ほ、本当ですか⁉︎」 「ん。ほんとほんと」  そうして、男がやっと剣を下ろして腰に戻す。  彼の返事が近所へ買い物に連れて行くみたいなノリなのは少々気になるが、兎にも角にも何とか王都行きを取り付けた。ようやく第一関門突破だ。  勤続5年目の掃除婦というウソ設定はどうするのか。男に提供する未来の情報はどうするのか。そもそも未来に無事に帰れるのか。などなど問題は山積みだが、今は全て考えないことにする。今はただ、この人生最大の命の危機を脱した己の健闘を素直に褒めてあげたい。  そうしてアニタが肩の力を抜く一方。男は(おもむろ)に壁際に行き、そこに立てかけられたアニタの箒を手に取った。何度か柄の部分を握ったり離したりして、何かを確かめている。 「うーん。これならいけるかな」 「? あの、何してるんですか?」 「ん〜? まァ見てなって。よいしょ、っと!」  ——バキッ! 「……え?」  折れた。アニタの箒が折れた。目の前の男によって、たった今真っ二つに折られた。  数秒呆気に取られていたアニタだったが、すぐに正気に戻って抗議の声を張り上げる。 「な、何してるんですか!」 「何って、箒折っただけだよ」 「ふざけないで! 箒は折るものじゃなくて掃くものです!」  それにこの箒はただの箒じゃない。王城の備品だし、いきなり過去に飛ばされたアニタの唯一の持ち物だし、何より、 「それは、私と元の時代(未来)を繋ぐ証なのに……!」  声が震える。それが怒りによるものなのか、悲しみによるものなのか分からなかった。ただ、過去に来てからこれまでずっと必死に堪えてきた何かを、思いきり握り潰されたような心地がした。  だが、悲痛なその責め立てに応えた男の声は、いつになく低くて底冷えするものだった。 「繋ぐ証だからだよ。これは君が未来から来たことを示す証拠になり得るからね。この箒はどう見てもだ」 「!」 「これ以上他の人間に未来から来たって知られて利用されたくないんでしょ? 君が言ったことだ」  確かに男の言うことは一理あった。製造日だけならまだしも、箒には王城の備品であることを示す印が付いている。偽造防止のために特別な細工が施された印が。確かに、見る人が見れば怪しまれてしまうかもしれない。 「……だからって、いきなり真っ二つに折るなんて。せめて一声かけてくれても、」 「え〜? どうせ破棄することは変わらないのに、君に断りを入れる必要ある? それとも王都までの旅に箒も持っていくつもりだった? 邪魔じゃない?」  男の声が再び腑抜けた調子に戻る。けれど浴びせられた言葉は優しさのかけらもなく、どれもアニタを突き放すものだった。半ば無意識にキツく唇を噛む。 「はは、悔しそうな顔。やっぱ分かりやすくて便利だね、君」 「…………」  そう言われて、この男がどのような人間だったのかをアニタは思い出していた。  そうだ。己が頼った相手は、ただ親切で善良な人間などでは決してなかった。  男の目は変わらず弓形に細められている。光が届かなくなった濃い紫色のその瞳は、どこまでも昏く黒く見えた。 「悔しかったらさァ、頑張って俺の未来ぐちゃぐちゃに変えてみてよ」  どうやらアニタは、とんでもない人間に頼ってしまったようだった。
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