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父のRZ350と再会してから二年が過ぎた。ここまでアルバイト代のほとんどをつぎ込んだ甲斐もあって、徐々に形になってきている。
この間、修理と並行して自動二輪免許も取得していた。教習所に通って取得する余裕は無かったので、俗にいう一発試験だ。非公認の民間教習施設で何度か有料の練習をしたが、合格までは十回かかった。それでも試験一回は数千円、教習所に通うよりトータルで六~七万円は安い。
原付免許さえ持たなかったユウヤは、練習施設で初めて乗ったバイクのクラッチをリリースした瞬間を、一生忘れないだろう。スルスルっと加速した時の感動は、衝撃と言っても過言ではない。初めて空を飛んだ雛鳥は、きっとこんな気持ちか。圧倒的な自由と危うさ、全てを過去にする加速感は一瞬でユウヤを虜にした。
高校最後の夏休み前、RZ350は車検目前まで仕上がってきた。純正部品は殆ど出ないので、流用や社外パーツのオンパレードだ。
ノーマル状態に戻すことは叶わなかったが、今となっては貧弱なブレーキや足回りは、現代の水準に近づいている。
低くマウントしたセパレートハンドルを握り、キックペダルを思い切り蹴り込んだ。二ストロークエンジン特有の軽やかな排気音が響き、オイルが混じった排気ガスの匂いが鼻をくすぐる。五歳の夏と同じ匂いに、鼻の奥がツンとなった。
八月に入ってすぐに車検を取得、千キロの慣らし運転を三日で済ませると、月に一回は顔を出すことを約束して、祖父の家からRZを引き上げた。
その日もユウヤがRZで出かけようとすると、母が怒気を帯びた声を上げた。
「いい加減にして!毎日毎日バイクばっかり、母さんがどれだけ心配してると思ってるの!」
自分が悪いのが分かっているだけに、ユウヤは面倒を避けたくて何も言わずに玄関へ向かう。母の怒気が嗚咽に変わった。
「そうやって逃げてばっかり!進路だって、何も決めていないじゃない!」
母を泣かせてしまった後悔と、分かってもらえない苛立ちがごちゃ混ぜになってユウヤに押し寄せる。
「ごめん、母さん。あと一週間、それだけ好きにさせて。必ず無事に戻るから」
最低限の荷物と財布を持って家を飛び出した。
国道一二五号から国道四号に入り、下道で北を目指して九時間後。
雨が吹き込む停留所でため息をついたユウヤは、心配しているであろう母に電話をかけようか迷っていた。
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