46人が本棚に入れています
本棚に追加
仁志
「止めろ」
宮城県警機動警ら隊の仁志警部は、パトカーを運転する部下の町村巡査部長に命じた。
「どうしました?」
町村は命令通りパトカーを左に寄せた。
「停留所に県外ナンバーのバイクが止まってた。雨宿りだろうが、一応職質だ」
言うと同時に助手席から降りた仁志を、パトカーをバックさせた町村が追いかけてくる。
「ツーリングかい?」
スマホをいじっていた少年が顔を上げた。
「そうだけど、エンジンが止まっちゃって」
幼さを残す少年には不釣り合いな、古いRZ350だ。
「免許証と車検証を見せてくれないか」
少年が財布から免許証を出す時に、一枚の写真が落ちた。バイクに跨った幼児と後ろから支える父親らしい二人が、満面の笑みでピースサインをしている。顔つきから幼児はこの少年、後ろは父親だろう。目元がそっくりだった。
町村に照会を指示すると、写真を少年に渡す。
「親父さんかな?」
丁寧に写真をしまいながら少年が頷いた。
「行先は決まっているのかい?」
「北海道」
「一人で?」
「父さんと一緒」
仁志は瞬時に理解した。写真の二人が跨っているのは、おそらくこのRZだ。
「すまん」
「別に……」
「止まっちまったのか?」
気まずい空気の中、仁志は話を変えた。
「息つきしてそれっきり。ガソリンは入っているし、火も飛んでいるんだけど……」
「直したバイク屋に連絡は?」
古いバイクだ。適当に直してそれっきりということは無いだろう。
「自分で直したんだ」
「君が?」
「そうだよ。慣らしが終わったところ」
亡くなった父親のバイクを自分で直したのか。仁志は少年を見直した。
「父さんと約束したんだ。免許を取ったらこのバイクを俺にくれるって。そしたら一緒に北海道に行こうってさ。でも、止まっちゃったよ」
「陸送を呼ぶか?」
少年自身、どうするか決めかねているようだ。
「警部、ちょっと」
町村が手招きしている。
「なんだ」
「特に問題無いようですが、未成年だし一応親御さんに電話しますか?」
頷いた仁志は番号を聞いてタップした。電話に出た母親は警察からと聞いて
動揺を見せたが、仁志の説明に安堵のため息をついた。
「強いお母さんだな。約束通り、一週間だけ君の好きなようにしていいとさ」
全ての経緯を聞いた仁志は、息子の約束を信じて待つ覚悟に驚嘆するしかなかった。
「自分の頭で考え、自分で決めた道を自分の足で歩く。俺には無理かな」
「どういう意味だ?」
「じいちゃんに言われたんだ。自分の責任でそれが出来るのが大人の男、今はその一歩目だってさ。でも、一歩どころか半歩も歩いてないや」
俯く少年。成長を見守っているであろう祖父と母親。それに対し、自分は大人の男か、自問自答した。
「絶対に事故を起こさずお父さんと北海道に行き、無事に帰る。俺と約束できるか」
仁志は少年の目を見て言った。
「はあ?」
「約束できるかって聞いているんだ!」
怪訝な顔の少年の両肩を掴んで、その澄んだ目を見据えた。
「分かったよ……、約束する」
剣幕に驚いた様子の少年は、それでも頷いた。
「よし、ばらすぞ」
最初のコメントを投稿しよう!