仁志

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仁志

「止めろ」   宮城県警機動警ら隊の仁志(にし)警部は、パトカーを運転する部下の町村巡査部長に命じた。 「どうしました?」  町村は命令通りパトカーを左に寄せた。 「停留所に県外ナンバーのバイクが止まってた。雨宿りだろうが、一応職質だ」  言うと同時に助手席から降りた仁志を、パトカーをバックさせた町村が追いかけてくる。 「ツーリングかい?」  スマホをいじっていた少年が顔を上げた。 「そうだけど、エンジンが止まっちゃって」  幼さを残す少年には不釣り合いな、古いRZ350だ。 「免許証と車検証を見せてくれないか」  少年が財布から免許証を出す時に、一枚の写真が落ちた。バイクに跨った幼児と後ろから支える父親らしい二人が、満面の笑みでピースサインをしている。顔つきから幼児はこの少年、後ろは父親だろう。目元がそっくりだった。  町村に照会を指示すると、写真を少年に渡す。 「親父さんかな?」  丁寧に写真をしまいながら少年が頷いた。 「行先は決まっているのかい?」 「北海道」 「一人で?」 「父さんと一緒」  仁志は瞬時に理解した。写真の二人が跨っているのは、おそらくこのRZだ。 「すまん」 「別に……」 「止まっちまったのか?」  気まずい空気の中、仁志は話を変えた。 「息つきしてそれっきり。ガソリンは入っているし、火も飛んでいるんだけど……」 「直したバイク屋に連絡は?」  古いバイクだ。適当に直してそれっきりということは無いだろう。 「自分で直したんだ」 「君が?」 「そうだよ。慣らしが終わったところ」  亡くなった父親のバイクを自分で直したのか。仁志は少年を見直した。 「父さんと約束したんだ。免許を取ったらこのバイクを俺にくれるって。そしたら一緒に北海道に行こうってさ。でも、止まっちゃったよ」 「陸送を呼ぶか?」  少年自身、どうするか決めかねているようだ。 「警部、ちょっと」  町村が手招きしている。 「なんだ」 「特に問題無いようですが、未成年だし一応親御さんに電話しますか?」  頷いた仁志は番号を聞いてタップした。電話に出た母親は警察からと聞いて 動揺を見せたが、仁志の説明に安堵のため息をついた。 「強いお母さんだな。約束通り、一週間だけ君の好きなようにしていいとさ」  全ての経緯を聞いた仁志は、息子の約束を信じて待つ覚悟に驚嘆するしかなかった。 「自分の頭で考え、自分で決めた道を自分の足で歩く。俺には無理かな」 「どういう意味だ?」 「じいちゃんに言われたんだ。自分の責任でそれが出来るのが大人の男、今はその一歩目だってさ。でも、一歩どころか半歩も歩いてないや」  俯く少年。成長を見守っているであろう祖父と母親。それに対し、自分は大人の男か、自問自答した。 「絶対に事故を起こさずお父さんと北海道に行き、無事に帰る。俺と約束できるか」  仁志は少年の目を見て言った。 「はあ?」 「約束できるかって聞いているんだ!」  怪訝な顔の少年の両肩を掴んで、その澄んだ目を見据えた。 「分かったよ……、約束する」  剣幕に驚いた様子の少年は、それでも頷いた。 「よし、ばらすぞ」        
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