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トランクから工具箱を降ろし、積んでいたガソリン携行缶の中身をパトカーに給油した仁志は、財布を渡すと町村に買い物を命じた。
「この先に知り合いのスタンドとコンビニがある。ガソリンと飯を買ってこい」
「勘弁してくださいよ」
ぶつぶつ言いながらも、町村は素直にパトカーを発進させた。
「タンクとキャブのガソリンを、携行缶に移すぞ」
「何する気だよ」
少年は訳が分からないようだ。
「キャブをばらして洗浄するんだよ。タンクも洗う。火は飛んでるし、圧縮もあるんだ。多分、剥がれ落ちたゴミか錆が詰まってる。タンクは中古だろ?」
「そうだけど、ここでばらすの?」
「お前を北海道に送り出すと決めたんだ。意地でも直す」
仁志は燃料配管を切り離し、タンクとキャブを取り外すと停留所のベンチに並べた。ばらしたキャブのジェットを、回転数を数えてから抜き取る。ワイヤーブラシのワイヤーを何本か切ると、パーツクリーナーも使ってキャブの通路に通して清掃した。
「きれいに洗浄したつもりでも、ちょっと走ると結構ゴミが出るんだ。中古のタンクなら、錆処理も二、三回はやった方がいい」
整備灯で照らしている少年に言った。
「父さんみたいだ」
「ありがとよ。お前も大したもんだ。一人でこれを直したんだからな」
細かい配線まで全て引き直されている。相当な手間だったはずだ。
「俺はさ、昔は厳しい上司だったんだ」
初めて会った少年の、真っすぐな不器用さが仁志の口を開かせていた。
「見てればわかるよ」
苦笑いして、仁志は続けた
「交通機動隊の隊長だった時、下手くそな隊員が異動してきたんだ。何とかモノにしてやりたくて、そりゃあ厳しく訓練してさ。何度転んでも続けさせた。怒鳴って、蹴り飛ばして、今なら間違いなくパワハラだよ」
「その人はどうなったの?」
「取り締まりの指導中に事故を起こした。俺が見てるんで、怒られないように無理して追尾したんだ。今でも車椅子だ」
「それで白バイはやめたの?」
「奴に病院で言われたんだよ。自分が下手くそなせいで迷惑をかけてすみません、てな。俺が成績を上げたかっただけなんだぜ。それなのに、奴は夢を諦めて、俺だけ続けられねえよ……」
言いながら涙が出て、手元が見えなくなった。
「警部、飯を買ってきました!」
タイミング良く帰ってきた町村がコンビニ袋を差し出した。
「……、サンキュー。一休みするか」
握り飯とお茶で落ち着かせると、すぐに整備に戻った。
買ってきたガソリンを半分使い洗浄し直し、再び組み上げる。
「掛けてみろ」
少年は頷き、キックペダルを蹴り込んだ。
「仁志さん」
ヘルメットのバイザーを上げた少年が、仁志を見つめている。
「何だ?」
「俺、仁志さんみたいな……」
恥ずかしそうに早口で言った少年は、仁志の返事を待たずにバイザーを下げた。アクセルを開けると、軽やかな排気音を取り戻したRZと共に、雨上がりの山道を北海道に向け走り出した。
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