猫に珈琲の味は分からない

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「さあどうぞ、あっしの特性ブレンドでさあ。お口に合うかは分かりやせんがね」 「あ、ありがとうございます」  そこから猫は流れるようにカウンターの前に椅子を持ってきて、コートとマフラーを預かり祥子を座らせると、猫は毛に覆われた触り心地の良さそうな手を器用に使ってテキパキとコーヒーを準備し、彼女の前に差し出した。  得体のしれない猫が淹れたコーヒー、普通の人間であれば飲むのを躊躇うだろうが彼女は礼を言うと躊躇いなくそれを飲んだ。 「……これは、その……何と言うか独特な苦みがありますね」  コーヒーはコーヒーなのだが、いつも自分が飲んでいるものとはあまりにも違う味に彼女は語彙力を失ってしまっていた。  まずい、と言うほどでもないが美味い、とは言えない味。  深みのようなものはあるが口の中にしつこく苦みが残る、だというのに不思議と飲みやすいのがかえって不思議だった。 「あっはっはっ、お客さんはずいぶんとお優しいんですねえ。大抵の人は一口飲んだ後の第一声はまずいなんですが」  猫は上機嫌に尻尾と耳を動かしながら笑う、それがあまりにも嬉しそうでつい祥子もクスクスと小さく笑ってしまった。
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