造花の町

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 少年はウタを町の一角にある花畑に連れてきた。 「花が好きな旅人がいる、と噂は聞いていますが、それはあなたのことでしょう? どうですか、素晴らしいとは思いませんか?」 「ええ、とても素敵、ですが……」  花は色とりどりで、様々な形の花びらを広げ、奇天烈な咲き方をしている珍しいものも多く、ウタは内心、感動を通り越して呆れていた。  ちらりとポケットを見る。  花が大好きなはずの妖精は、こんなにもたくさんの花があるにも関わらず、顔をのぞかせることすらしない。 「ここにある花は全部本物の花ではないんですよね?」 「ええ。でも、本物に見えるでしょう?」 「そうですね。とても綺麗です」 「そもそも、本物である必要ってあるのでしょうか?」 「……と、言いますと?」 「いえ、ほら。だってこんなに綺麗で、目を楽しませてくれているでしょう?」  確かに、色彩豊かな花々が咲き乱れ、蝶まで飛んでいる。  でも、肝心のハナがあんまり喜んでないんだよなあ……。  ウタの反応の薄さに頓着せず、少年は熱のこもった様子で演説する。 「本物ではなくても、この町の“人々”は平和に穏やかに暮らしている。本物ではなくても、こんなに美しい“花々”が咲き乱れ、目を楽しませ感動を与えてくれる。本物である必要なんて、どこにも無いのではないでしょうか?」 「……」  少年はウタをまっすぐと見つめた。もうその顔に笑みはない。  ――問題なのは、ハナが喜んでないことであって、別に本物かどうかは関係ないんだけどなあ。  ウタはすっとしゃがみ込み、足元の花に触れた。 「あれ?」  ざらりとした感触の花弁は固く、軽く引っ張ってみたがちぎれない。 「ここの花は全て造花ですよ」 「あー、なるほど」  ハナが反応しないわけだ、とウタは一人納得する。  言われてみて気が付いたが、そういえばこんなにたくさんの花が咲いているにも関わらず、花の香りが全くしない。 「花は、水や土や気候なんかに左右されやすく、管理が面倒ですので。町の外でご覧になったのは立体映像ですよ。この町自体も半分は映像で出来ていますし、この技術を使って町は『道』からでは発見できないようにしています」 「それは、その、すごい技術ですね」  ウタには少年の言葉の半分も意味がわからなかったけれども、とにかくすごいのだろう、ということだけは伝わった。  でも、どれだけすごいものであっても、ハナが喜んでいないんだよなぁ。ウタはもう何度目になるのかわからない呟きを、また、内心でした。 「私たちは本物であることにこだわりはありません。ツクリモノであるからこそ、本物では成し得ないことができると自負があるのです」 「ええっと……花が本物でないのはわかりました。でも、人間が本物じゃないっていうのは、どういう意味ですか?」 「そのままの意味ですよ。この町の“人々”のほとんどは映像で実体はありません。実体を持っているのはアンドロイドと呼ばれる人型の機械、それから有機体ではクローン体とごくわずかにオルガノイドが存在します」 「有機体……? よくわかりませんが、それは本物の人間とは違うものなのですか?」 「ええ。人間は通常、父親と母親の遺伝情報をもらい受け、はじめて一人の人間が誕生します。しかしこの町の人間は、クローンの場合一人の人間の遺伝情報しか受け継いでいませんし、オルガノイドに至っては、人間もしくは人間以外の遺伝情報を意図的にいじって誕生させたものであり、本物の人間とはいえません」  ウタの頭の中は疑問符でいっぱいだった。  なにか、言わなくちゃ。必死に考え考え、やっとの思いで口を開く。 「……ええっと、その、一般的な生まれではない、ちょっと変わった人たちってことで……いいの、かな?」 「……あー、まあ、そんなところですね」  少年は非常に微妙な顔をするが、ウタの言葉を否定はしない。正確には違うのかもしれないが、大枠では合っているのだろう。  コホン、少年は仕切りなおすように一つ空咳をする。 「旅人さんはなにか目的があって旅をしているのですか?」 「目的、ですか?」  ウタはポケットに目を向ける。  ハナは花が好きだから。  だから、出来るだけたくさんの場所のたくさんの花を探して旅をしている、けれども。たぶん、私の旅の目的は、それではない。 「まぁ、いろいろとありますが」 「そうですか。もしよろしければ、この町の住民になりませんか?」  ウタは一瞬、何を言われたのかわからず少年をじっと見つめる。  少年は真剣な様子でウタに語りかけた。 「ここはとてもいいところですよ。本物たちの暮らす町と比べ、格段に高い技術力がありますので、生活するのにとても便利です。危険そうな旅人を不用意に招き入れることもなく安全で、町の“人々”はみんな優しい。おいしい水や食べ物が豊富にあり、何不自由しません。それに、あなたの好きな花もある」  どうでしょう、と少年が言う。 「……確かに、ここはとても素敵な町ですね。でも、私は旅人ですので。お誘いいただき大変ありがたいのですが、住民にはなりません」 「あなたが本物だからといって気にすることはないのですよ。僕はこの町の中でも珍しいオルガノイドですが、決して本物だという理由であなたを差別したりなんてしません」 「いえ、そうではなくて……本物かどうか、ではなく、私は旅を止めるつもりがないので住民にはなれないのです」  ひらひらと青い蝶が目の前を横切る。  そういえば、ここの花は造花なのに、なぜ蝶が飛んでいるんだろう、とウタは首をかしげた。 「あの蝶も、本物ではないのですか?」 「町の人口を少しでも増やしたい、というのがわかりませんか? 特に有機体の人間は貴重なんですよ。もっとたくさんの人にこの町の住民になってもらいたい、という僕らの願いを踏みにじる気ですか?」  日の光をキラキラとはね返す羽を揺らめかせて蝶はウタに接近する。思わずウタは蝶に手を差し伸べた。蝶はごくごく自然な様子でウタの手に止まり、羽を休める。 「たくさんの人に来てもらいたいのなら、町を旅人から隠さなければいいのではないですか。そうすれば、ここに留まりたいと思う人も出てくると思いますよ」  私もこの町が隠されてさえいなければ、外で一泊することなんかなかったし、保存のきく食料に手を付けることもなかったんですよ、と心の中でそっと小さな不満を付け加える。  少年は感情の読めない表情でじっとウタを見ている。 「それにしても、人懐こい蝶ですね。羽もきれいな青色で……痛っ⁉」  ウタが声を上げると同時に蝶の羽がさっと青から赤に変化した。 「え、今の何? 蝶に噛みつかれたの?」 「ええ、あなたの血を少々、分けてもらいました」 「え? 血を?」  そうですとでも言わんばかりに、少年はひとつ頷いた。 「あなた自身は再び旅でも何でもすればいい。ただ、あなたの分身はこの町に住んでもらいます」 「ブンシン?」 「ツクリモノのあなたはこの町で生まれ、この町で生きることになるでしょう」 「ツクリモノの、私?」 「想像してみてください。あなたのあったかもしれないもう一つの人生を。平和で発展した町で生まれ、何一つ不自由せずのびのびと幸せに生きていく……」  ウタは混乱する頭で考えてみる。考えて、考えて、そして。
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