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君の名は
「ではまずお名前の確認からお願いします。『ベルンハルト・フォン・イゼルリング=エルシュヴァイン』さんでお間違えないでしょうか」
「ああ、そう呼ばれていたと記憶している」
開始早々、エリカは目眩と頭痛に襲われた。
先輩に言わせると職業病のようなもので、選別窓口から異動できればすぐに収まるとのことだったが、今現在辛いことに対しては何の慰めにもならない。希望出せるまで後3年もあるし。
「この世界ではあなた方異世界からの転移者は被害者であるという認識があります。そのため独り立ちできるようになるまではある程度こちらでサポートしますが、万一登録名と本名が違ったことが明らかになった場合はそもそも『別人である』と見做され、あらゆる福利厚生や公的助成の対象外となります」
もう何度繰り返したかわからない定型文を告げる。
エリカとしては特にJPNの転移者に対しては毎度繰り返すことであって淡々としたものだが、それを聞いた転移者は必ず決まった対応をする。
「え……っと、登録名と本名って」
「あなたは記憶が曖昧だそうですね。ただ、名前というのは生まれたからずっと呼ばれ続けてきただけあってそうそう忘れるものではありませんし、記憶から失われたように思えても案外残っているものです。カクテルパーティ効果という言葉をご存知ですか?」
「いえ……ああ、いや、知らないな」
一瞬素が見えて慌てて取り繕う転移者の動揺を、さらりと見なかったことにしてスルーするのはエリカの優しさ。
「カクテルパーティのようにどれほど騒がしい場所でも、なぜか自分の名前だけははっきり聞き取るそうです。同じように、忘れたように思えても実は忘れていることは少なく、ふとした瞬間に戻ることがありますし、偽名を使っていても相当に練達したその筋の人でない限り、本名を出してしまうものです」
そう言ってシートから目を上げて正面、ガラス越しに見据える。
面白いように視線を落ち着かなくさせる転移者の反応があまりにもいつも通りで滑稽だが、ここで笑ってしまってはいけない。あくまでも仕事なのだし最初に確認すべき重要事項だ。
「本当に忘れているのなら情状酌量の余地はありますが、その場合でも思い出した本名が、登録されている本人であると認定されるまでそれなりの手続と時間がかかります。その間はもちろん公的支援は打ち切られることとなります。それが偽名であったとしたら……」
言葉を区切って様子を伺う。
完全に挙動不審になっているから、これ以上の脅しは必要なさそうだとエリカは判断した。この仕事に就いてまだ日の浅い新人だが、転移者というのは反応がわかりやすいからこの程度であれば判断は可能だ。
「では最終確認ですが、お名前は『ベルンハルト・フォン」
「カズキ・ヤマダです」
先程までの痛々しいまでに偉そうな態度はどこへ行ったのか。
目の前の、エリカとそう違わない年頃であろう少年は肩を落としながら力なく呟くように答えた。
「あなたの国の表現方法で結構ですよ。あくまで本人確認ですから、あなた自身があなたを表す慣例的な言葉で仰って頂かないと。姓がカズキで名がヤマダさんですか?」
「山田和樹です」
「確かですね」
「……はい」
「ありがとうございます、山田和樹さんで登録致します。では次に年齢とご経歴を確認します」
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