ロマンスの予感

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ロマンスの予感

「では、これで私からの説明は終了になります。お疲れさまでした。この後は別の担当が宿舎にご案内します」 「はい、ありがとうございました」  もはや山田には転移直後の夢や希望はない。どこの世界だろうが、自分の生き方を決めるのは自分であるということがわかったから、もうこの後は正しく夢や希望を抱いて努力するだけだ。  新たに黒歴史を作ってしまいそうだったのを矯正してくれるのだから、これはこれでこちらの世界の人々の親切心なのだろう。自分たちを養い教育する義務など彼らにはないのだから、正直、放置されても仕方ないところをこうして世話してくれるのだ。感謝こそすれ、憤ることなどない。  敢えて怒りの矛先を向けるとするなら、召喚玉を放置したまま惰眠を貪る神に対してであろうが、エリカの説明に寄ればこの世界の人々にとってもその怒りは共有されているらしく、既に邪神か悪魔と言った認定がされているらしい。 「今後、生活面でのサポートは別担当になりますが、相談しずらいことがあれば私に言って貰っても構いませんよ、山田くん」 「え?」  突然フレンドリーになったエリカに、山田は驚いた目を向ける。相変わらずのガラス越しだが、デバイスを操作して一部を開いた彼女は名刺を差し出してきた。  受け取って目を落とすと、 「平井絵梨佳……平井……え、もしかして三中でC組だった、平井?!」  驚愕に目を見開き、ガバっと顔を上げてガラスの向こうをまじまじと見つめる。茶色っぽい髪、ぱっちりとした少し眠た気な二重、3才ほど若返らせれば確かに見覚えがある。 「はい。お久しぶりです」 「え、え……ちょ、え、じゃあ平井もこの世界に転移してきた?」 「3年前に。頑張って受験勉強して一高受かったのに、結局通えませんでした」 「え、マジか……マジか……ええええ」 「召喚された時、沢山の言語が書かれたカード見せられませんでした?」 「あ、見せられた見せられた。日本語もあったよな」 「あれで反応した言語の担当官が一次ヒアリングしたんですよ。で、日本人だったから担当も私になったんです。あ、もちろん今は私もここの言葉話せますけどね」 「え……じゃあ、もしかして俺、これから外国語も勉強しないと……」 「はい、ダメですね」 「マジかよ……」  最後の最後で驚愕の事実。  大学受験まで終えてもう当分勉強はしたくないと思っていたのにこれだ。山田はがっかりしたが、世界が違うのだから言語が異なるのは当然のことではある。 「同郷の誼です、本当なら選別窓口の担当とはこれ以降会うことはないんですが、何かあれば相談に乗りますよ。じゃあ、頑張って下さいね」  そう言って初めて見せる笑顔を残し、絵梨佳は部屋を去って行った。  後に残された山田は暫く名刺と、絵梨佳の出ていった扉を交互に眺めて呆然としていたが、 「あれ?これもしかして新しいロマンスの予感……っ!」  あまり懲りていないようだった。
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