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僕の、文字通り体を張った猛アタックが実を結び、見事お付き合いを了承して貰って2週間。 真治さんとの関係は頗る良好だ。 後継者教育と不本意な婚約話の成立に心身を消耗するばかりの日々。 生きる基本である体力を養う為の食事すら碌に摂れなくなり、体重は減る一方。 毎日は灰色で生きている実感もなくなり、α故の強靭な体でなければとうに体を壊して入院していたのではないかと思う。 そんな、詰んだような人生にある日突然、差した光。 それが真治さんだった。 鈴木という、何処にでもいそうな名前のネームプレートを付けた、少し背の高いがっしりとした腰つきのその男性は、出会った時 御手洗の鏡を拭いていた。 場所は その日仕事の一環で立ち寄った数軒の支店の内の1軒のホテル。 本社から目と鼻の先のその場所に、まさか自分の理想が具現化されたかのような運命の男がいたなんて…。 出入口の清掃中プレートは見ていたが、経験上 余程の事が無い限りはそれらがあっても便器の使用は容認して貰える事が多い。何せ排便は生理現象なのだから。 思わしくない体調でフラフラと用足しに入っていくと、視界の端にブルーの作業着が見えた。 ふと目線を上げると、黒いキャップを被った若い男性作業員も此方を見て会釈をした。 そのまままた前に向き直り、作業を続行し出した。 その瞬間、僕の心はその真摯な姿に持っていかれたのだ。 ふわふわの茶色い短髪に愛嬌のある垂れ目。 がっしり目の筋肉質体型なのに手足が長いからか野暮ったく見えない。 いやでも未だ遠目。 気の所為かもしれない。 ドキドキしながら小用を足し、水を流して手洗い場に近付く。手を洗いハンカチで拭きながら、1mも離れてない彼を見る。 間近で見た彼は更に素敵だった。 主張し過ぎない安心感のある顔立ち。耳朶に小さく穴が空いてるのは、意外にプライベートではピアスを付けたりしてるんだろうか。 優しそうで真面目そうなのに意外にヤンチャ? あっ、それはそれで萌えちゃうな…。 髪が茶色いのは…柔らかそうだし、天然かなあ。 顎のラインがシャープでエラの形も綺麗。 鎖骨の感じもセクシー。なぞりたいな…。 近くで見ると作業着はデニム地のツナギで、それが良く似合ってる。 捲りあげた袖から覗く腕の筋が浮き出てるのもそそるし、しっかりした腰つきや形良く上がった尻も格好良い。 その下にすらりと伸びた脚も長い。 (り、理想が服着て歩いてる…!!) 僕は夢見心地でうっとりと彼を見つめた。 鈴木真治さんか…。 事務所に戻った僕は、先刻ゲットした真治さんのLIMEのアイコンを見つめ、漏れる笑みを抑えられなかった。 「専務、何か良い事でもございましたか?」 支配人の田辺さんが穏やかに聞いてくる。 田辺さんは若い頃の父の直属の部下だった人で、子供の頃からよく知っている。 最近の僕の様子を親よりも気にかけてくれる1人だ。 「良い事…ふふ、そうですね。」 良い事どころじゃないんだよなあ。 ふと、電話番号登録したからもしかして、とSNSのアカウントを作ってみたら、友達では?のとこにに鈴木さんらしきSNSアカウント発見。 フォローもフォロワもそんなに多くない、何ならリア友だけなのかなあ?って感じのアカウントが並んでいる。 だからそんなに用心してないのかもしんないけど…、 …鈴木さん、ガバガバ過ぎない? 仲良くなってくれるかな。 恋人になって欲しいけど、まともな人なら現状、きちんと理由を話して恋人になってくれる訳無いし…。というか、本当に普通の人だったから男は対象外とか言われたらどうしよう…。 過去の、少しばかり好奇心で遊んでくれたヘテロ男性達とは少し雰囲気が違う気もするし…。 出会いの幸運に急激に暗雲が立ち込める。 う~ん…。 「そろそろお昼ですね。 何か取りましょうか?」 田辺さんが壁の時計を見上げ、問うてくる。 「いや、少し出るよ。」 僕は上着を着ながら答えた。 最近は昼食もおざなりだ。固形物を食べる事が殆ど無い。 今日もコンビニで適当なものを買って済ませるつもりで部屋を出た。 快晴。 外は秋晴れで気持ちが良い。 ホテル傍の公園を挟んで向こうにコンビニがある。 僕はそこでコーヒーとゼリー飲料を買った。 大体何時もこんな感じ。 取り敢えず、カロリー入れときゃ大丈夫だろう。 小さなコンビニ袋を持って店を出た。公園で飲んでしまってゴミを捨てるか…。直ぐに戻ると心配されるだろうから、ベンチで時間を潰そう、と公園内を見渡すと、先客がいた。 (あ、鈴木さん…。) キャップを脱いでてフワフワした茶色い髪を風にそよがせて、弁当を食べている。 か、可愛い…。 思わず見蕩れてしまう。 運命かな。本日既に2度目だよ。 ポケットからスマホを出し、先刻迄見ていた画面を開く。 直ぐ数メートル先で鈴木さんのスマホがピロンと鳴った。 やっぱり。先刻のアカウント、鈴木さんで確定。 ならばとついでにフォローを押した。 確認している鈴木さん。 見てる見てる。首傾げてる。 近付いて横に座る迄、鈴木さんは一切気づかなかった。 気配に疎い。隙があるという事だ。 僕は内心、ほくそ笑む。 これは僕にも十分、チャンスがあるのでは? その日のお昼休憩は、思いがけず充実したものになった。
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