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②
「鈴木真治さん。貴方に一目惚れしました。
先ずはお友達からお願いいたします。」
「…へ、はい、…あ?」
最近のお友達申請って、こんな感じなんだっけ?
勤務中にトイレ清掃中のアラサー男にゼロ距離告白(?)をしてきた男は、梁瀬陽一郎、26歳。
本社の社員で、視察として来たのだという。
26歳、本社社員…エリート…。
完全に別世界の住人…。
目眩がするほど相容れない相手である。
そして更に相容れないのが、やはり梁瀬さんはαであった。
そりゃその若さで大手企業で本社採用なんだからさもあろうって感じだ。
というか、見た目からわかってました。
そんな人のお友達申請を、どっから見ても平凡βの俺が何故受けているのか。
つか、お友達って一目惚れされてなるもんだったろうか。
俺にはそういう経験が無いのでよくわからない。
社員証も見せてもらったし、素性がしっかりしてるのはわかったけど、何か怖い。
これって断っても良いやつ?
βにお断り権ってある?無いか。もう遅いか。
あの後、梁瀬さんに取り敢えず離して貰う為に一旦了承した俺だが、お友達になってくれたんなら連絡先を教えてくれるんですよね!と熱い視線を注がれながら電話番号とLIMEの交換を強いられ、やっと解放された。
また後で!と、笑顔で手を振り爽やかに去っていったが、正直何だったんだというのが感想だ。
エリートの暇潰しの揶揄だったのかな。そうであれ。
そして現在、昼休憩。
ピロン。
天気が良いので近所の公園のベンチでコンビニののり弁を食べてたら、脇に置いてた茶のペットボトル横のスマホが鳴り、目をやる。
使ってるSNSのアカウントにリプがついたようだ。
誰かな~と確認すると、アイコンにも名前にも見覚えが無い。
と思ってたらフォローもついた。
(…?)
リプの人と同じアカウントだ。リアルの知り合いかなあ、オンラインゲームの友達かなあとコメントを確認する。
『みつけました。』
…?誰…
単なるそれだけの文に一瞬ゾッとする。
みつけました?って、何だ…?
金は何処にも借りてねーし、元々仲の良い友人知人なら普通に連絡は取っている。
人違いかなあ…?
アカウントに飛んでみると、作り立てらしく未だフォロワ0、フォローは俺のみ。
呟きも0。
何、コイツ。
不審に思ってたら突然横に誰か座った。
ひょえ、と見ると、梁瀬さん。
いやこの人怖い。
本日2度目のゼロ距離だ。
何、癖?突然のゼロ距離、癖?
「先程はありがとうございました。」
「あ、はい…。」
冗談じゃなかったのか…。
「何時もお昼は此処で?」
と聞かれて、答える。
「いえ、今日は天気が良いなと思って…。
何時もは休憩所です。」
「じゃあ今日の僕はやはり運が良い。」
「…ハハ…。(?)」
よく見ると梁瀬さんもコンビニ
の袋を持っている。
「や、梁瀬さんもお昼ですか…?」
愛想笑いを張り付けて聞くと、こくりと頷きゼリー飲料を取り出す梁瀬さん。
…昼食?
のり弁の俺が言うのもアレだけど、それはあまりに悲しすぎない?
そんな俺の視線に気づいたのか、梁瀬さんは苦笑しながら
「最近あまり何を食べても美味いと感じなくて。」
と言ってゼリーを開栓して飲み始めた。
エリートってのも色々大変なんだろうか。
別に興味ないけど…。
「そうなんですね。」
俺は再び箸を動かし、おかずの唐揚げを口に運び噛みちぎる。
美味い。
咀嚼しながら視線を感じ梁瀬さんを見ると、やっぱりじいっと見られてる。
…何だろ…。
「鈴木さんは、美味しそうに食べますね。」
気不味いなぁと思ってたらそんな事を言われた。
「そうですか?普通だと思いますけど…。」
「いや、とても素敵です。」
す、素敵…。
聞いてる方が気恥しくなる、歯が浮くようなセリフ…。しかもそれが自分に向けられてるのがキツい…。笑いが引き攣る。
「あ」
梁瀬さんが何かに気づいたように小さく、
「猫、お好きなんですね。」
とニッコリ微笑んだ。
「え、猫ですか?はあ、まあ好きですが…。」
何で知ってんだろう?
ほんの数時間前に知り合ったばかりなのに。
頭の中には??マークが浮かぶ。
梁瀬さんはゼリーを飲み干したようで、俺の耳元に手を添え、
「フォロバ、お願いしますね。」
と、女なら腰が砕けるであろう低音で囁くように耳打ちしてきた。
俺もちょっと尾骶骨に来た。
そして彼は腕時計をチラッと見て立ち上がると ではまた、と手を振ってホテル方向へ去っていった。
「…フォロバ…」
ハッ、と気づく。
あの謎アカウント、梁瀬さんか!!(鈍い)
確かに日常の呟きやちょっとした愚痴に加え、ごくたまに近所の野良猫の写真なんかを上げてた。
上げてんだし、鍵垢でもないから見たって良いけど…さあ…。
距離の詰め方、エグくね?
そして終業後までフォロバしてなかったら今度はLIMEが入ってた。
『焼いた牛肉はお好きですか?』
えっ、好き。でも何故。
着替えが済み、従業員出入口から出ながら返信を打ってたら、人気のなかった後方でドアの開く重い音がした。
廊下の突き当たりはホテルスタッフの事務所だからスタッフの誰かが出てきたんだろう。
革靴の足音がする。
挨拶をしようと振り向いたら、真後ろに梁瀬さんがいて、今度は流石に驚かない。何故ならフワリと梁瀬さんのトワレの香りがしたからだ。
「お疲れ様です。」
声をかけると梁瀬さんは、じいっと俺の上から下迄舐めるように見て、
「私服も素敵ですね。」
と微笑んだ。
「はあ、ありがとうございます…。」
素敵ったって、普通のパーカーにジーンズにダウンベストなんだが…。
「で、この後ってお時間如何ですか?行きつけの焼き肉店の招待券が今日迄でして…。」
「暇です。」
殆ど何も知らない他人への警戒心は焼き肉に負けた。
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