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④
「実は、僕の婚約者というのが…父と祖父が仕事絡みで勝手に決めてきた相手なんですが…。」
語り出した梁瀬さんによれば…。
梁瀬さんは俗に言うα一族に生まれた長男らしいのだが、代々長男の嫁は当然の如くΩ、と決まっているらしく、結婚する迄は遊びはともかく、番を持つ事は絶対に許されない家風らしい。
まあそこはその方が後で揉める事が無いんだろうから悪い事ではないよな。
梁瀬さんも学生時代は、好きになってしまった相手とこそ付き合うのを避けていたという。
まあ、別れるの辛そうだもんな。
そして社会人になったのだが、親御さんが決めてきた婚約者というのが偶然なのか何なのか、学生時代から知ってる同級生だったらしく、しかも癖のある人物らしくて梁瀬さんはとことん落ち込んだんだと。
「だってね、Ωの男なんですけど、とにかく女王様気質というのか…、政治家の息子なんですが、学生時代はとにかく男を取っかえひっかえ連れ回しているのをリアルタイムで見ていて…。」
「な、なるほど…それは…。」
確かに、萎えますね~。
俺は男は範疇外だけど、確かに尻軽なビッチ女子とは付き合いたくない…。いやまあ百歩譲って一夜のアバンチュールくらいならお願いしても、勝手な話だが嫁さんにするのは嫌だな。
その上、梁瀬さんの場合はばっちり過去を知ってて、しかも今でも相手は上手い事隠れて遊んでいるらしく、ご乱行の噂は嫌でも耳に入るんだとか。
「全くタイプじゃないのはお互い様だし、家と会社の為に諦めて結婚するかとも思ったんですが、全く勃つ自信が無くて…。」
梁瀬さんが綺麗な顔でそんな事を言うので俺はブホッと烏龍茶を吹きそうになった。
あっぶね。
「ほんと、気分がずっと沈みっぱなしで。何時の頃からか、何を食べても飲んでも味がしなくなりまして。」
「は、はあ…なるほど。それはお気の毒に…。」
気持ちはわからなくもないなあ。
気の強いビッチΩちゃんか。
全然構わない男もいるだろうが、梁瀬さんは無理って事なんだろう。
割り切らなきゃいけない事を割り切れないのはキツいだろうな。
めっちゃ良いロース肉が供され、柔らかさを堪能しながら梁瀬さんに同情する。
「僕の毎日は今日迄灰色でした…。」
「そうですかあ、大変でしたねえ。」
相槌を打ちながら梁瀬さんの言葉を反芻する。
ん?今日迄。
今日、何か良い進展があったのかな?
チラッと梁瀬さんを見ると、なんかこっち見てる。
キラキラした切れ長の黒い瞳で、なんか見てる。
眩しい、そんな目で俺を見るな。
「今日、まさか立ち寄った支店でこんな僥倖に出会えるなんて。」
梁瀬さんは、ふうっと息を吐き、シャンパンをクイッと煽った。いや大丈夫?
そしてやにわに俺の横に移動してきて、箸を持つ手をガッと両手で握り、言ったのだ。
「こんなにタイプど真ん中の人は初めてです!その顔、その髪、その体。腕の筋から腰のライン迄完璧です。」
「え、ええ…?」
困惑。え、えーと…、一目惚れって、まさか本気だったのか。
「僕、昔からワンコ系というか、そういう男性が好きで。特にガタイが良くて、人懐こい柴犬タイプが。」
「は、はあ…。」
確かにウチの家系は色素が薄いのか髪も茶色で目も榛色っつー感じで、あだ名が柴犬だった事もある。
でもそんな懐っこそうに見える?普通じゃない?
頭の中はぐるぐるキャパオーバー。
「手洗いに行ったら天使が鏡拭いてるのかと思いました…。」
「て、天…?
大袈裟じゃないですか?」
柴犬とかワンコはあっても流石にこのガタイで天使は無かった。新鮮。新鮮だけど、特には嬉しくない。
微妙な表情を隠せない俺の気持ちを置き去りに、梁瀬さんは尚もグイグイにじり寄りながら言い募る。
「全然大袈裟ではないです。足りないくらいです。
そんな良い筋肉にそんな可愛い顔が乗ってる奇跡、今迄見た事無い…!!」
「……。」
梁瀬さんにはどうやら俺にフィルターがかかっている疑惑が生まれてきたのでここで補足しておくが、俺、紛う事無きフツメンである。
学生時代の合コンで ワンコ系でカワイー、みたいに言ってくれる女子はいたが、それはその時のノリというか。
とにかく、並以上にカワイイ顔な訳では無い。殊更イケメンでも無い。
これ迄いたカノジョは3人。
至って普通のアラサー男性である。
179センチ、68キロ。
至って普通。
可もなく不可もない。(多分)
従って、梁瀬さんの俺評がちょっとよくわからない。
でも、同性でもこんなに綺麗な顔したイケメンにこれ程好かれるのは、満更でもないけど…。
つか、考えてる内にすんごい近いな?
何時の間にか梁瀬さんの顔が吐息のかかる程接近してる。
直ぐ後ろの壁迄追い詰められているこの状況、何?
「あの、近…」
「鈴木さん、…いや、真治さん!」
「は、はい」
被せ気味に名前を呼ばれる。
梁瀬さん、ちょっと顔赤くない?
酔ってない?空きっ腹にシャンパン入れたからじゃない?
「僕、もう諦めたくないんですっ!!」
「は、はあ…」
「だから、僕を」
長い睫毛の下の濡れた黒い瞳が揺れて、ピントが合わなくなるほど近づいてきたと思ったら、唇を奪われていた。
少し酒臭い、熱い吐息。
一瞬だった。
避けようと思えば、多分避けられた。なのに、
「…は、」
「…真治さん、僕を」
男からのキスを避けなかったのは、何故だったんだろうか。
「僕を、奪ってくれませんか。」
これって、どうしたら良い?
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