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⑦
梁瀬さんは7時きっかりに来た。
「こんばんは。」
「いらっしゃい。」
昨日とは違うスーツ。
一旦帰ったんだから当然か。
大きな紙袋を2つ右手に持ち、左手には昨日も見たブランドの
黒のブリーフケース。
「昨夜は本当に…。」
と、部屋に上がりながらペコリと頭を下げる梁瀬さん。
気にしてるのか。
「いや、こちらこそご馳走になっちゃって。
朝方帰られたんですか?」
紙袋を受け取り、梁瀬さんを招き入れる。
「本当に良いんですか?こんなに良い物を…。ん?」
袋から取り出した箱を開けると西京漬けだけじゃない色んなものの詰め合わせ。
もう片方の袋は…
「ケーキ?」
「駅前で見かけて美味しそうだなと。…甘い物、お好きかと思って。」
「あ、あ~、なる。ありがとうございます。」
昨日、コースの最後のデザートも2人分平らげたの覚えてたのかな。
梁瀬さんは鞄を壁に立て掛け、上着を脱いだのでそれを受け取りハンガーに掛けてラックに。
あれ?何か俺、昨日から梁瀬さんの嫁みたいな事してない?
…まあ良いけど。
「良い匂いですね…お味噌汁ですか?」
「豆腐とほうれん草の味噌汁に卵を落とす予定です。」
「わ、美味しそうですね。」
「西京漬け焼くので座って待っててください。」
俺はキッチンに戻り、キッチンペーパーとフライパンを用意して、2人分の西京漬けを焼く準備をする。
味噌汁を温め直し、卵を落とす。
食器を用意して、トレイに並べる。
炊きたての飯をよそう。味噌汁が良い具合いになったので味噌汁もよそう。
それを先に箸と一緒にテーブルに持って行くと、梁瀬さんは目を輝かせて味噌汁とご飯を見ている。
え、味噌汁と飯がそんな珍しい?
それからキッチンに戻り、大鍋に作っておいた肉野菜炒めを深皿に移し、魚の焼き加減を見る。もう少しかな。
何だか後ろから視線を感じるのは気の所為だろうか。
程なく出来上がったのでそれを運び、テーブルの真ん中に肉野菜炒め、俺と梁瀬さんの前に魚の長皿を置いた。
俺は茶色のカフェエプロンを外し、横に置いて言った。
「こんなものしか出来ませんけど、どうぞ。」
「美味しそうです。いただきます。」
梁瀬さんはきちんと手を合わせて食事を開始。
やっぱり育ちが良いんだなと思う。
白飯を口に運ぶ、その所作一つでさえ美しい。
「わ、美味い…。」
「まだご飯だけじゃないですか。」
「だって、美味しいです。」
普通の、安売りの米です。
そいや上流階級の人ってどのくらいの値段の米食ってんだろ?
「この野菜炒めも美味しい!」
俺が西京漬けのタラをつついて身を解していると、梁瀬さんから歓声が上がる。
「普通に塩胡椒と醤油の味付けですけど…お口に合うなら良かったです。」
「本当に美味いです。お味噌汁も…。小学生の頃におばあちゃんちで食べたお味噌汁みたい。」
表情が明るい。どうやら本当に喜んでくれている様子。
良かった良かった、こんな庶民飯で喜んでくれて。
「こんなあったかいご飯も、美味しいって思える食事も、久しぶりです。」
「あ、味覚…」
梁瀬さんの目にうっすら涙の膜が張っているのは気の所為じゃなさそうだ。
「それもあるんですけど、僕んち母が小さい内に亡くなってて、通いのお手伝いさんが食事作ってくれてたんですけど、」
あ、地雷踏んだかな…。
「洋食が多くて、僕はあまり好きじゃなかったんですよね。」
不満げに語る梁瀬さん。
別に地雷じゃ無かった模様。
「僕はこういう、なんというか…普通の、あったかい和食が好きなんです。
好きな人と食卓を囲むのが夢でした。」
「そうだったんですか…。」
「婚約が纏まってしまってから、一生、叶う事はないだろうって諦めてたんですけど…。」
「ああ…昨日仰っていたお相手さんですか。」
昨夜の店での会話を思い返す。
えーと、確か、全くウマの合わない、政治家の息子で、女王様気質の、男を取っかえ引っ変えの、ビッチΩちゃん、♂。
…んんん、偏見と言われそうだけど確かに米研いだ事は無さそう!これ迄も、そしてこれからも!!
そしてその推測が当たっていたなら、確かにこの先梁瀬さんの夢が叶う事は無かったんだろうな。
何度聞いても他人事ながら気の毒な話だ。
梁瀬さんが味噌汁を口にして、また話し出す。
「でも、思いがけず今日、その夢が叶いました。」
……ン?
梁瀬さんは箸を置き、じっと俺を見つめる。
「昨日、僕が言ったのは全て本気です。
どうやら僕はやはり貴方が好きだと、今日確信しました。」
「え、えーと…。」
「…体の相性も、バッチリでした。」
「ブホッ」
咀嚼してた米が鼻から出そうになって、途中で止まって痛い!
ティッシュティッシュ!
「…すいません。」
「…や、いや、大丈夫です…。」
つーかやっぱヤってたのか!
わかってたけど直に言われると破壊力凄い。
「すいません…昨夜、目を覚ましたら…あんまりにも美味しそうな寝顔とちんこで…。」
「ブフォッ」
「大丈夫ですか?はい、ティッシュ!」
2回目。
そんな澄ました綺麗な顔でちんことか言っちゃうの梁瀬さん!!?
ティッシュありがとうね!?
梁瀬さんは再び箸を持ち、肉野菜炒めを口に運んで噛み締めるように食べた。
そして、
「真治さん、僕はやっぱり貴方と結婚したいです。」
と、何かを決意したような表情で言ったのだった。
…真治さん呼び、定着したんですね。
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