銀の矢が刺さる

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銀の矢が刺さる

俺はセス。 とある国の貴族の息子で、現在はここ、アリスティール王国に留学生として来て半年だ。 バース性はΩ、番は未だ無し。 趣味は略奪。 特に熱々の恋人同士や婚約者同士を別れさせるのが一番達成感がある。 でもまあ、奪っても数週間で理由をつけて別れるか捨てるか姿を消すかするんだけどさ。 だって、俺は誰かに夢中か、誰かに夢中になられてる奴の関心を自分に向けさせるのが楽しいだけで、振り向かせたからって別にソイツらを好きになる訳じゃない。 それに、番になっちゃったら自由が無くなる。 俺は縛られるのが性にあわないんだわ。適当なαの子供産んで囲われるとか真っ平なのだ。 だからもう何年かはフリーで楽しむつもり。 で、今日は王宮で開かれているとあるパーティーに招待されて来ていたんだけど…。 目の前では俺の為に、ギャラリーの前で婚約者を断罪しようとしている男。 俺の歓心を買い、Ωである俺を手に入れる為に。 毎度お馴染みの光景でいい加減飽きてきた。 本当、マジでどいつもこいつも思い通りに転がされ過ぎだ。 しかし俺は空気を読む男だ。 きちんと最期迄、茶番に付き合ってやるさ。 俺の右に立つ金髪の男はこの国の王太子、アレス。勿論、αである。 イケメンではあるが、少々独善的でポンコツ。だが少々用心深い性格だったから、今迄の男達よりはハードルが高かったんだわ。 でも男αなんてのは、俺のこの儚げ~な顔と消え入りそうな声で、少しいじらしい様子でも見せて、ダメ押しにいい匂いでも振りまいてやりゃ、こっちが思ってる以上に勝手に転がるもんだよ。 此奴だって、俺が破れた教科書を前に涙を浮かべたりしただけで勝手に勘違いしていった。 で、勝手に捏造した"事実"とやらで、何の罪も無い自分の婚約者を責め始めるんだから。 俺はそれを、此奴の横か後ろに庇われるようにして見物してりゃ良い。 そうすりゃ、俺の優越感と承認欲求を絶大に満たしてくれる最高のショーが特等席で見物できるってわけ。 丁度、今みたいに。 「エリオ。お前の性根の悪さには失望した。」 ワインで汚れた服の俺を後ろに庇い、厳しい声で目の前の男に告げている。 男は此奴の婚約者である公爵の次男坊だ。 性格のキツい事で有名な男、エリオ。 俺から見てもどえらい綺麗な顔をした男なんだけど、何せ愛想が無い。 バカって訳じゃないけど気位が高くてまあまあの我儘だし、誤解され易い性格はしてる。 でも王太子は最初、此奴に滅茶苦茶に惚れ込んで夢中だったんだよ。 まあこんだけ綺麗な男なら仕方ないのかなあ、とは思うけど、何せ性格がな~。 俺が言うのもなんだけど、とにかくハチャメチャに高飛車で、王太子はよく根気よくご機嫌取りしてるもんだ、と思ったよ。 だから、俺がちょっとしおらしい健気な風に振舞っただけで、グラッと転けたんだろうけどな。 王太子に失望した、と告げられてエリオは不快を露わにした。 「何のお話ですか。」 「セスにワインをかけただろう。いい加減、嫌がらせばかりするのは止めないか。」 だが、エリオはキッ、と王太子を真正面から睨みつけ、切り返した。 「は?彼が私にぶつかってきただけではありませんか。服が汚れて迷惑しているのは私も同じです。」 王太子はハッとしてエリオの服を見る。 そうだ。俺の服は白だから赤ワインの色が目立ったが、エリオの服は臙脂色だからわかりにくかっただけで、よく見れば他の色で刺された刺繍の色も中の白シャツも赤く染まっているのだ。染みにはなる。 それに気づいた王太子は、バツが悪そうにアワアワしている。 さあ、どうするんだろうな、このポンコツ。 「きちんと見ておられたなら、私に非が無い事はおわかりの筈です。そうでないのは、私が悪くなければ殿下御自身にご都合が悪いからでは?」 「そん、な事は…。」 あーあ。勝負あったな。 ギャラリーも白けた目で王太子を見ている。 俺は今日はここ迄か、と潔くポンコツの背中から前に出て、 「そうなのです、殿下。 僕の不注意だったと申しましたのに。 エリオ様、申し訳ございませんでした。」 と頭を下げた。 旗色が悪い時に足掻くのは無駄だ。 エリオはちら、と俺を見て、ツンッとそっぽを向いたが、 「…わざとじゃないなら…良いよ。」 と、許してくれた。 これには少しびっくりした。 俺は、ありがとうございます、と礼を言ってその場から離れる。 エリオも服の汚れをどうにかする為にホールの端へ移動していく。 それにしても、俺に夢中になったアホ共に婚約破棄される婚約者達と言えば、婚約者に強い口調で咎められれば ショックを受けてロクに物も言えなくなるか、萎縮するか、泣くか、って感じだったが…流石公爵家の公子。毅然としていたな。 それに、王太子を睨みつけたあの目。 俺は感心した。 あの堂々とした尊大さと、きちんと自分の主張を通す様子は見事だった。 ポンコツ王太子には勿体無いようにも思う。 ギャラリーは散った俺達をチラチラ見ている。 エリオじゃなく、俺の横に王太子がひっついてるのも、格好の話のネタなんだろうな。 俺は白けた気分で、服の汚れを理由に今夜はもう屋敷に戻ると王太子に告げた。 勿論、引き止める方が申し訳なるくらい、気疲れた様子で。 そしてホールを出ようとした時、エリオがバルコニーの辺りで1人、窓の外を見ている横を通った。 エリオの目に、涙が浮かんでいた。 見間違いかと二度見した。 ギャラリー達からは見えない角度だと、本人は思ってたんだろうか。 しかし俺は視力が良いからバッチリ見えた。 あの、高慢で気丈なエリオの青い瞳には、いまにも零れ落ちそうに涙が溜まっていた。 何一つ響かなかった俺の心臓に、銀色の矢が刺さった音がした。
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