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甘い匂い
(…つ、連れ去りてえ~…!!)
エリオの実家であるレニングスト公爵家に滞在して1週間。
ベッドで目が覚める度、真横か目の前に綺麗な寝顔があって俺の心臓がそろそろもたない…。
俺の為に用意された部屋はエリオの部屋の隣の、普段は客間になっている部屋だそうだ。
別に部屋続きになってるって訳ではないんだけど、エリオは俺の部屋に殆ど居続けである。
日中も、寝る時も、例のでっかいワンコのぬいぐるみを連れてきて一緒に寝ている…。
(…役得…。)
閉じられた長い睫毛はもう見慣れてきたけど、見飽きはしない。
美人は3日で見飽きるとか言うけど、アレって嘘だよね。
エリオの綺麗さは日々更新されてく訳だから、見る側もその都度脳裏に焼き付けなきゃならなくて忙しい。
「可愛いなあ…。」
エリオの額にかかってる黒髪を指で避けてみる。
綺麗な白い額は秀でていて、普段髪で隠してるのが勿体無いくらい。
頬に親指を滑らせると、寝ていても擽ったいのかエリオが少し眉を寄せて身じろいだ。
唇がむっとしてる。
(か、かわいいぃ~…。)
布団の中は2人の体温で少し暑いくらい。
少し寝汗をかいたのか、エリオの首筋から薄く体臭混じりの汗の匂い。なんだか少し甘い…
……甘い??
ハッとしてぬいぐるみ越しにエリオの襟元を掴み、中に見える桃色の乳首にニヤニヤしながらパタパタしてみる。
布団の中の2人の体の間に空いた僅かな空間の中で、それはとてもよくわかった。
甘い匂いだ。
髪や体を洗うソープでも、服を洗う洗剤でもなく、勿論エリオが使う事の無い香水では有り得ない。
純粋にエリオから滲み出ているもの。
それを確信した俺は、ほくそ笑む。
(ぁあ…エリオ、お前…、)
αだったんだな。
「ほんとに?僕が?」
「うん、俺が言うんだから間違いない。」
既に余所行きの丁寧語を脱ぎ去って普通に話すようになった俺達。
最初に、「一人称、"俺"なんだ…。」
と意外そうに目を丸くされたのも、今は良き思い出だ。
そーよ。男兄弟の末っ子の俺の地なんてこんなもんよ。
エリオの方が断然お淑やかだぜ。
「未だ僅かだけど、俺、鼻が良いから。」
「そうなんだ…そっか、セスが言うなら間違いないよね!」
先刻、目を覚ましたエリオに、エリオはαだ、と俺は断言した。
俺は子供の頃から鼻が良い。
だから余計に相性の悪いαの匂いも必要以上に感知してしまって困っているのだ。
今迄、αの匂いを不快と感じていた理由である。
普通、Ωはαの匂いを良い匂いとして受け取る筈なんだけど、俺はそうではなかった。
だから、Ωとしては出来損ないなのかと思う事もあった。
他のΩが、良い匂いだの素敵だのと、頬を染めたり噂したりするαの事も、俺には暑苦しい…場合によっては悪臭と感じる事もあったからだ。
俺はそれを、自分がα嫌いだからだと思っていたけれど、もしかするとそうではなかったのかも知れない。
だって、エリオの未だ僅かな発現の兆しの香りに、俺は心底良い匂いだと思い、惹かれているから。
俺の言葉に、エリオはとても嬉しそうに綺麗な青い瞳を輝かせて俺に抱き着いてきた。
ま、眩しい…笑顔、眩しい…!!
良い匂い!!ゲフッ…!!(動転)
「次回のバース検査では多分、判定が出るんじゃないかと思うんだけど…、御家族への報告は、その結果が出てからの方が良いかもね。」
「そっか、そうだね。
少し早めてもらおっかな。
えへへ、嬉しい。」
抱きつかれてると本当に…果実に鼻を寄せた時のような、晴れた日の新緑のような…それなのに何処か官能を誘うスパイシーさも顔を覗かせるようなその匂い。
先刻よりも、少し濃く感じるのはエリオが起きたからなんだろうか。それとも…。
「母上はΩだけど、父上と兄上はαなんだ。
バース性が何でも良いと思ってたけど、父上の念書の話を聞いてからはβかαなら良いなと思っていたから…。」
「わかるよ…相手があの殿下だもんな。」
「……ウン。」
もう少しマトモなαならいざ知らず、あのナチュラルボーン色魔だ。
俺だって番の話断ってからというもの、逃げ回ってるんだ。
今は年末年始で忙殺されてるみたいだけど、その内公爵家に凸してきそうで鬱。
父君と兄君が阻止してくれるとは思うけど…。
問題なのは俺の屋敷の方だわ。
あくまで借り暮らしだから使用人も少ないし明らかに警備なんて手薄も手薄だし、戻ってから凸られたらヤバいんじゃないかなー。
いっそこのままエリオんちに置いてもらっちゃおっかな~。
そこ迄考えて、は、と口を押さえた。
そうだよ。そうじゃん。
そうしちゃえば良くね?
王太子より先に、俺がエリオと番になっちゃえば良くね?
只、それには一刻も早くエリオに発現してもらう必要があるし、俺が友人以上の番の対象にならなきゃならんわな…。
仮にも 男と一つ布団に危機感も無く 抱きぐるみを抱いて寝る可愛い子に意識してもらうにはどうしたら良いかな~。
と、俺はエリオの尻と頭を撫でながら思いを巡らせた。
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