瑞河亜琉とフルートの女

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 ほんな、ま、留守番頼むなあと言い置きをして、飲み会、飲み会、ふふんふんと鼻歌を鳴らしながらおじさんは外へ出ていった。  環状線を一周すると四十分掛かる、ということは、一周半で一時間ピッタリだ。JRと、時刻表を考えた人と、それを忠実に守る運転手さんは天才だと思う。この一時間という区切りがなかなかに素晴らしく、しかも冷暖房が完備してるとあって、おじさんは大阪駅へ出るときの貴重な読書タイムとして有効に使っているようである。  さて僕はどうしようかと、部屋に戻って椅子に座る。明日の理工学概論の爪広教授はレポートが厳しく授業も早い。予習でもするかと教科書を広げたけれど、お日様の当たる窓辺でポカポカと平和な幸せについ瞼が下がってしまう。気分転換にコーヒーを飲んで机に向かうも、窓から見える晩秋の青空に集中力が奪われる。おじさんがいないから部屋が静かだ。時計の音がよく聴こえる。カチッカチッという規則正しい針の動き。ああこれは弦楽器のピツィカートだ。弦を弾く短い音。次の定演のアンコールはピツィカート・ポルカに決まった。可愛い曲調だけれど、木管には出番がなくてつまらない。ヨハン・シュトラウス二世とヨーゼフ・シュトラウスの兄弟二人が合作したもので……などと、眠気のせいで想像力の逃避行が始まった。  こりゃダメだ、仕方がない、今日は勉強中止にしようと自分勝手な言い訳をして、僕もぶらりと出かけることにした。
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