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◆1発見
◆1発見
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長い1日だった気がする。
僕は今日1日、何をしていたんだろうか。
引越しだ。引越しの事前準備をしていたんだ。独り暮らしだけどちょっとだけ余裕のある賃貸物件。仕事柄、多少の居住支援が受けられるからと1部屋余裕のある賃貸物件を選んだ。今日はその物件の引渡しの日だった。軽く掃除も必要だろうと、仕事で着ているつなぎ姿で立ち会うことにした。
前任地は西方管轄区だったから、あまり多くない家財道具は引越し業者に預かって貰っていた。明日、ここへ搬入して貰える手筈となっている。今日は不動産業者からキーを貰い立ち会いの下、確認と引渡しを受けた。
「良い部屋じゃないか」
2DK。別に1DKでも良かったのだが、折角支援を受けられるのなら、と少しだけ背伸びをした。角部屋ではないがまあ上々と言えよう。
──ただ、バスルームのカランが気に入らないなぁ。
別に大して気にするポイントではないのかもしれないが、何となくそのカランが気に入らない。使えなくはないがちょっと状態が良くないように見える。そこまで不具合ではないから『替えろ』とも言えない。さて、どうしたものかと思いながら無意識にカランに手をやり、そっと捻った。
「あれ?」
水の出が少ない。不審に思った不動産業者さんは共用廊下へ出ると、メーターボックスを確認した。
「おかしいですね。取水栓は全開してあります」
取水栓は開いているのに水がしっかりと出ない。これは立派に不具合だろう。カランを全開にしてもちょろちょろとしか水が出ないのだ。業者さんが洗面台やキッチンのカランを捻り、水の出を確認する。こちらは普通に出た。つまりバスルームだけがおかしい。
「…なぁ業者さん、これは『不具合』で良いんだよな?」
「えっ?」
「『不 具 合』で、良いんだよな?水の出方が異常だもんな?」
「…はい」
強引に不具合を認める発言を取ってから、取水栓を閉める。 業者に預けず自ら持って来た工具ボックスを手にバスルームに戻ると、中からモンキーレンチを取り出した。
僕が軍のエンジニアだと言う事は不動産業者さんも承知している。だからこそ、点検確認作業がお抱え業者ではないものの出来ると知っている。
「外すよ。問題なければそれで良い」
水道工事など本格的なのはやった事ないが、混合水栓の交換作業くらいは経験がある。手順に則り外して行くが、最後混合水栓そのものがクランクから外れない。いや、外れていると言われれば外れているんだ。だけどワイヤーなのか細いホースなのか、どちらにしてもぶらん、としている。手で引っ張っても何故か落ちない。理由もわからない。おかしい。
「…何だこれ」
とりあえず手にしていたモンキーレンチで混合水栓を叩き落とした。バスルームに金属音が響き、ごとりと混合水栓が床に落ちる。…と、共にずるりとした何かも落ちた。現状、ホース状の何か。細長い故にそれなりの長さだった。
「珍しい。初めて見た、こんなの」
モンキーレンチでつつくとぷよぷよとした触感だ。レンチに絡めてカランから引き抜いてみる。ずるりと出たそれは良く良く見れば淡い水色。透けている。見た目はまるで垂れて来ない巨大な水飴。バスタブの栓をしてから、レンチを振るくってそれをバスタブ内部に落とした。べちん?びちょん?何とも表現し難い音と共に、それはバスタブに収まった。
「何これ、もしかしてスライムってやつ?…へえ、面白いじゃん」
あわあわとする不動産業者さんを放置し、興味深げにバスタブのスライムをレンチでつつく。スライムの生態なんか知らないから、このスライムが生きているかどうかもわからない。そもそも何故、水道管…と言うかカランに詰まっていたのかも謎だ。
「あーそうだ。これ、『不具合』でしょ?認めたもんね。カラン、レンチで叩き落としちゃってえらい事になっているからそっちで新しいの急いで付けてくれる?」
「はい?費用はこちら持ちですか?!」
「そう。だってスライムが詰まっているなんて聞いていないよ?水が出ないのは問題でしょう。あぁ、カランは安いので良いから。良くある一般的なレバータイプで良いからさ、急いで何とかして。寧ろ新しい水栓を持って来てくれれば僕が自分で取り付けるよ」
不動産業者さんは慌てたように上司に電話を掛け、対応協議をしている。暫くして、諦めたようにこちらの要求を飲んでくれた。
──理不尽!
不動産業者のお兄さんの目がそう訴えているが、仕方ないだろ?
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不動産業者さんが新しい混合水栓を取りに行っている間に、バスタブにぶち込んだスライムを掴んでみる。別段、素手で触っても問題なさそうだ。両手で掴んで広げてみる。びろん、と程良い粘度。とりあえずあとでプラスチックのケースを購入して来て、暫く様子を観察してみようか。
これが僕とスライムの出会いだった。
本日の発見。
スライムは意外と身近に生息しているものだ。
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2021/12/17/◆1発見
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