ダッシュダッシュダッシュ

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 ◯ンモハイとは、猫ちゃんが大きなおトイレの後、異常なまでにハイテンションになり、部屋を駆け巡る現象を指す。猫飼いならば、当然、対処方法は熟知している。黙って見つめる。本当に、それ以外、無い。逆に、絶対、動いてはいけない。ダッシュしている猫ちゃんにぶつかったら、危ないからである。  キャンちゃんの場合、超健康体ゆえ、一日一回の大輪のお花摘みの時、それは起こる。しかも、「後」だけじゃなくて、「前」にも起こる。キャンちゃんが走り出す。すごい速さだ。閃光のようだ。目で追えない。残像で、何となく位置を確認する。しかし、追い切れず、全く見当違いの場所から、シュババッと出てきたりする。恐怖である。よって、私は、棒のように突っ立ってるしかない。トーテムポールと化すのだ。  昨晩は、私が料理中に、始まった。突然、キャンちゃんが、スーパーボールのようにビュンビュンし出した。キャットタワーのてっぺんまで登ったかと思いきや、すごい勢いで駆け降り、廊下のドアに激突して、すっ転んだ。その時、私は、包丁でじゃがいもの芽を取っていた。こわい。こっち来ないでください。キャンちゃんが部屋中をギャンギャン荒らしまくっている間、私は、トイレの神様に祈り続けた。祈りは聞き届けられた。キャンちゃんの、猫砂をホリホリする平和な音が聞こえ出した。  しかし、束の間の平和でしかなかった。キャンちゃんの、「後」のハイが開始された。ゴングが鳴る。ダダダダダ!!!ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ!!!だめだ、こんな中で、火は使えない。万が一、キャンちゃんがコンロに飛び乗ってきたら、カチカチ山になってしまう。弾丸のようなキャンちゃんから頭を守りながら、私は、全ての材料を炊飯器にぶっ込んだ。 「ポチッとな…。」 炊、飯。  50分後、炊飯器は壊れた。原因は、私が肉じゃがの材料を入れすぎたためである。汁が溢れ、蒸気が抜けなくなり、凄まじい圧力で、蓋がゆがんだ。仕事から帰宅した夫は、「肉じゃが、味、薄いね。」と感想を述べた。では、もっと調味料を足すべきだったのだろうか。そうしたら、おそらく、炊飯器の蓋は、ゆがむどころでなく、宇宙まで吹っ飛んだであろう。  いま、キャンちゃんは、冬の低く差し込む太陽の光の中で、ポカポカとひなたぼっこしている。愛らしい寝顔は、とてもではないが、憎めない。今日は何時くらいに走り出すのか、予測もつかないが、それでもいい。キャンちゃんが元気な証拠だ。私はいつだってトーテムポールになるし、何度だって炊飯器で煮物にチャレンジする。
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