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「はい。特別な呼吸で、身体と心を整える、というものです。先ほどは緊張でお腹が痛くなったので、それに対処するために行っていました」
「呼吸で腹痛が治るのか? 他にも効果はあるのか?」
「ユーリックさまはどこかお悪いのですか?」
「オレではない。レオンだ」
「ユーリックっ」
ユーリックに指を差されたレオンが声を上げる。
「隠すことじゃないだろ。コイツは胸に持病があるんだよ。普段は平気だけど、長い時間運動したりすると発作が出るんだよ」
「ああ、そういう設定でしたね」
「設定?」
「い、いえ、お気になさらずに……」
ゲームのレオンは持病を抱えていて、それを隠すため、「オレがいると勝負にならないだろ?」「もう飽きたよ」と、横柄な態度を作っていたのだ。
オレサマな性格は演技で、実はナイーブという意外性にやられたファンも多かったという。
そうか。このちょっと内気で気配りするのが、レオン本来の姿だったんだ。なんか納得してしまった。
「そういうことでしたら、お力になれるかもしれません。少し試してみますか?」
「そうか。よろしく、たのむ」
「ユーリックさまもご一緒に」
「うん、面白そうだ。付き合うよ」
──よしっ!
わたしは心の中でガッツポーズを決めた。
今の、性格が歪む前のレオンやユーリックと仲良くなっておこうと考えたのだ。
仲良くなっておけば、私が殺されるイベントが起きても、見逃してくれるかもしれない。
でも──
「アスターっ!」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、わたしは飛び上がった。
ヴィクトリアだった。
いつの間にそこにいたのか、彼女は冷たい微笑みを浮かべ、わたしを見ていた。
「こんなところにいたのね。探したわよ」
「は、はい。申しわけありません」
その必要もないのに、あやまってしまう。
もう本能だ。ヴィクトリアを前にすると、わたしはすくみ上がり、彼女に従ってしまう。
「レオンさま、ユーリックさま。ここで失礼します。お話しできて楽しかったです」
二人に別れの挨拶をして、わたしはヴィクトリアの元へと小走りに向かった。
ヴィクトリアはわたしがそばに来るのを待たず、背を向け、歩き出した。
「あ、あの──」
「あなたを両親に紹介するわ。ついでにロードシルツとアルビオンの方々にもね」
ずんずんと早足で歩くヴィクトリアの後を、わたしがついて行く。その姿は、女王と召使いのようだったろう。
「あの二人──レオンとユーリックと仲良くなったみたいね?」
わたしに背中を向けたまま言うヴィクトリア。
「は、はい。お二方とも、とても良い方ですね」
「……ダメよ」
「はい?」
いきなりヴィクトリアは足を止めた。
「あの子たちと仲良くしてはダメよ。だって──」
ヴィクトリアは顔を半分だけわたしに向けて言った。
「──あの子たちは敵だから。わたしと玉座をめぐって争う敵たちよ」
「敵、ですか……」
「その戦いはもうはじまっている」
唇をつり上げてヴィクトリアが笑う。
わたしは、恐怖しながらもその笑顔に見入ってしまった。
あまりに美しく、妖艶とさえいえる魔性の微笑み。とても十二歳の少女のものとは思えなかった。
そして悟った。
死神はあの二人じゃない。攻略対象キャラ、そしてメインヒロインのエマでもない。
ヴィクトリアだ。
ヴィクトリアこそわたしの死神だ。
──数日後。
王都を震撼させるおそろしい事件が起きた。
アルビオン家の家族──ユーリックの母と妹、使用人たちが、何ものかに襲撃され、惨殺されたというのだ。
幸いユーリックは、その日熱を出して館で伏せっていたため難を逃れたという。
その知らせを聞いて、わたしは気づいた。
ゲームのユーリックは、心を閉ざした冷たい無表情系のキャラクターだった。
でも、わたしがこの世界で出会った少年ユーリックは、ゲームとは真逆の性格だった。
あの明るく朗らかに笑う少年を変えたのは、この事件だったのではないか。
佐倉あすかはユーリックのルートを攻略していないため、確信はないけど、そうに違いない。
次に思い出したのは、あの日のヴィクトリアの言葉。
──あの子たちは敵。その戦いはもうはじまっている。
ユーリックの家族を襲うよう命じたのはヴィクトリアなのか……。
ふっと、あの怖ろしくも美しい、ヴィクトリアの微笑みが頭に浮かんだ。
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