02 わたしの人生、もう詰んだ……

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「はい。特別な呼吸で、身体と心を整える、というものです。先ほどは緊張でお腹が痛くなったので、それに対処するために行っていました」 「呼吸で腹痛が治るのか? 他にも効果はあるのか?」 「ユーリックさまはどこかお悪いのですか?」 「オレではない。レオンだ」 「ユーリックっ」  ユーリックに指を差されたレオンが声を上げる。 「隠すことじゃないだろ。コイツは胸に持病があるんだよ。普段は平気だけど、長い時間運動したりすると発作が出るんだよ」 「ああ、そういう設定でしたね」 「設定?」 「い、いえ、お気になさらずに……」  ゲームのレオンは持病を抱えていて、それを隠すため、「オレがいると勝負にならないだろ?」「もう飽きたよ」と、横柄な態度を作っていたのだ。  オレサマな性格は演技で、実はナイーブという意外性にやられたファンも多かったという。  そうか。このちょっと内気で気配りするのが、レオン本来の姿だったんだ。なんか納得してしまった。 「そういうことでしたら、お力になれるかもしれません。少し試してみますか?」 「そうか。よろしく、たのむ」 「ユーリックさまもご一緒に」 「うん、面白そうだ。付き合うよ」  ──よしっ!  わたしは心の中でガッツポーズを決めた。  今の、性格が歪む前のレオンやユーリックと仲良くなっておこうと考えたのだ。  仲良くなっておけば、私が殺されるイベントが起きても、見逃してくれるかもしれない。  でも── 「アスターっ!」 「は、はいっ!」  突然名前を呼ばれ、わたしは飛び上がった。  ヴィクトリアだった。  いつの間にそこにいたのか、彼女は冷たい微笑みを浮かべ、わたしを見ていた。 「こんなところにいたのね。探したわよ」 「は、はい。申しわけありません」  その必要もないのに、あやまってしまう。  もう本能だ。ヴィクトリアを前にすると、わたしはすくみ上がり、彼女に従ってしまう。 「レオンさま、ユーリックさま。ここで失礼します。お話しできて楽しかったです」  二人に別れの挨拶をして、わたしはヴィクトリアの元へと小走りに向かった。  ヴィクトリアはわたしがそばに来るのを待たず、背を向け、歩き出した。 「あ、あの──」 「あなたを両親に紹介するわ。ついでにロードシルツとアルビオンの方々にもね」  ずんずんと早足で歩くヴィクトリアの後を、わたしがついて行く。その姿は、女王と召使いのようだったろう。 「あの二人──レオンとユーリックと仲良くなったみたいね?」  わたしに背中を向けたまま言うヴィクトリア。 「は、はい。お二方とも、とても良い方ですね」 「……ダメよ」 「はい?」  いきなりヴィクトリアは足を止めた。 「あの子たちと仲良くしてはダメよ。だって──」  ヴィクトリアは顔を半分だけわたしに向けて言った。 「──あの子たちは敵だから。わたしと玉座をめぐって争う敵たちよ」 「敵、ですか……」 「その戦いはもうはじまっている」  唇をつり上げてヴィクトリアが笑う。  わたしは、恐怖しながらもその笑顔に見入ってしまった。  あまりに美しく、妖艶とさえいえる魔性の微笑み。とても十二歳の少女のものとは思えなかった。  そして悟った。  死神はあの二人じゃない。攻略対象キャラ、そしてメインヒロインのエマでもない。  ヴィクトリアだ。  ヴィクトリアこそわたしの死神だ。  ──数日後。  王都を震撼させるおそろしい事件が起きた。  アルビオン家の家族──ユーリックの母と妹、使用人たちが、何ものかに襲撃され、惨殺されたというのだ。  幸いユーリックは、その日熱を出して館で伏せっていたため難を逃れたという。  その知らせを聞いて、わたしは気づいた。  ゲームのユーリックは、心を閉ざした冷たい無表情系のキャラクターだった。  でも、わたしがこの世界で出会った少年ユーリックは、ゲームとは真逆の性格だった。  あの明るく朗らかに笑う少年を変えたのは、この事件だったのではないか。  佐倉あすかはユーリックのルートを攻略していないため、確信はないけど、そうに違いない。  次に思い出したのは、あの日のヴィクトリアの言葉。  ──あの子たちは敵。その戦いはもうはじまっている。  ユーリックの家族を襲うよう命じたのはヴィクトリアなのか……。  ふっと、あの怖ろしくも美しい、ヴィクトリアの微笑みが頭に浮かんだ。
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