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そこに、小さなノックの音がした。
ドアを開けると、弟のアドニスだった。
年齢はわたしの五つ下の六歳。
栗色の巻き毛と瞳のかわいい男の子だ。
ゲームでは、アスターは出来の良い弟を憎んでいるという設定だけど、わたしたちは仲の良いきょうだいだ。
勉強みてやったり、逆にピアノの弾き方のコツを教えてもらったりしている。
「お姉さま、だいじょうぶ?」
「え?」
「最近、ずっと、うんうん言ってるよ。どこか悪いの?」
ああ、なんていい子なんだろ!
思わずアドニスを抱きしめてしまった。
かわいくて、利口で、その上やさしくて! とてもあの両親から生まれたとは思えない。
「なんでもないわ。ちょっと、悩みというか…困ったことがあって……」
「お嫁に行くの?」
「えっ? なんで?」
なんでここで嫁入りが出て来る?
「コリンの家に遊びに行った時、コリンの姉さまが、今のお姉さまみたいに、うんうんうなっていたから。コリンが言うには、姉さんはお嫁に行きたくないんだけど、それを言えなくて困ってる、だって」
ああ、ジョーンズ男爵家のクララか。
たしか六十近いひとの後妻に入るんだっけか。まだ十七歳なのに。かわいそうなクララ。
「そんなにイヤなら、お嫁に行くのやめればいいのにね」
「そういうわけにはいかないのよ」
弟の、子供らしい反応に、苦笑してしまう。
「どうして?」
「結婚みたいな家の大事は、自分の都合でやめるわけには……」
……行くのをやめる?
「あっ!」
ひらめいた。
そうだ、魔法学園に入学しなければいいんだ。
学園に入らなければ、主人公のエマと出会うことはない。つまり、エマたち善玉チームと関わらなければ、わたしが退治されることはない。
あの魔法学園は、魔法の素質があるものは奨学金を出すけど、わたしみたいに魔力が低い子が入るには高額の授業料を取るのだ。
貴族の男子なら、ステイタスとして入学させることがあるけど、女子は魔法学園に行ったからといって、良い縁談が来るとは限らない。
だから、わたしが、よほど強く望まない限り、両親が魔法学園の入学を許すことはない。底辺貴族のウチにはそんな余裕などないからね。
「ありがとうアドニス!」
弟を抱きしめほっぺにキスをする。
「そうよ。行きたくないなら行かなきゃいいのよ! 魔法の才能がなくて良かった! 底辺貴族、万歳!」
そしてわたしは、きょとんとしているアドニスにもう一度キスした。
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