03 異世界で失踪するのに必要な10のこと

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 そこに、小さなノックの音がした。  ドアを開けると、弟のアドニスだった。  年齢はわたしの五つ下の六歳。  栗色の巻き毛と瞳のかわいい男の子だ。  ゲームでは、アスターは出来の良い弟を憎んでいるという設定だけど、わたしたちは仲の良いきょうだいだ。  勉強みてやったり、逆にピアノの弾き方のコツを教えてもらったりしている。 「お姉さま、だいじょうぶ?」 「え?」 「最近、ずっと、うんうん言ってるよ。どこか悪いの?」  ああ、なんていい子なんだろ!  思わずアドニスを抱きしめてしまった。  かわいくて、利口で、その上やさしくて! とてもあの両親から生まれたとは思えない。 「なんでもないわ。ちょっと、悩みというか…困ったことがあって……」 「お嫁に行くの?」 「えっ? なんで?」  なんでここで嫁入りが出て来る? 「コリンの家に遊びに行った時、コリンの姉さまが、今のお姉さまみたいに、うんうんうなっていたから。コリンが言うには、姉さんはお嫁に行きたくないんだけど、それを言えなくて困ってる、だって」  ああ、ジョーンズ男爵家のクララか。  たしか六十近いひとの後妻に入るんだっけか。まだ十七歳なのに。かわいそうなクララ。 「そんなにイヤなら、お嫁に行くのやめればいいのにね」 「そういうわけにはいかないのよ」  弟の、子供らしい反応に、苦笑してしまう。 「どうして?」 「結婚みたいな家の大事は、自分の都合でやめるわけには……」  ……行くのをやめる? 「あっ!」  ひらめいた。  そうだ、魔法学園に入学しなければいいんだ。  学園に入らなければ、主人公のエマと出会うことはない。つまり、エマたち善玉チームと関わらなければ、わたしが退治されることはない。  あの魔法学園は、魔法の素質があるものは奨学金を出すけど、わたしみたいに魔力が低い子が入るには高額の授業料を取るのだ。  貴族の男子なら、ステイタスとして入学させることがあるけど、女子は魔法学園に行ったからといって、良い縁談が来るとは限らない。  だから、わたしが、よほど強く望まない限り、両親が魔法学園の入学を許すことはない。底辺貴族のウチにはそんな余裕などないからね。 「ありがとうアドニス!」  弟を抱きしめほっぺにキスをする。 「そうよ。行きたくないなら行かなきゃいいのよ! 魔法の才能がなくて良かった! 底辺貴族、万歳!」  そしてわたしは、きょとんとしているアドニスにもう一度キスした。
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