169人が本棚に入れています
本棚に追加
「あのう…どうかなさいましたか?」
おびえた声がかけられた。
わたし付の侍女のメイだった。
歳は十五歳。ちょっとあわてんぼなところがあるけど、かわいくてマジメで働きものな侍女だ。
「お求めのものは、こちらでよろしかったでしょうか?」
「ああ、ありがとう」
メイに頼んで買ってきてもらったもの。それはソロバンだった。
この世界には電卓も表計算ソフトもないからね。逃亡資金の計算に必要だろうと買いに行ってもらったのだ。
こっちにソロバンがあることは、ゲームで、魔法学園の研究室にあったのを見て覚えていた。外国から伝来したもので、港の商人たちが使っているらしい。
日本のものと形はほぼ同じ。違いは珠がカラフルなところ。オモチャみたいだ。
「せっかく買ってきてもらったけど、使わないかも……」
「はい?」
「ううん、なんでもないの」
笑って誤魔化す。
侍女に仕えている家が借金まみれだとは知られたくない。これも見栄かな。
「なんだかお顔の色が優れないみたいですが?」
心配してメイがわたしの顔をのぞき込む。
「勉強が進まなくて…いや、あなたこそ顔色よくないわよ?」
間近で見たメイの顔。血色が悪いし、目の下にクマができている。
「もしかして、ソロバン探すのに無理させちゃった?」
「いいえ、そんなことは! このところ寝付きが悪いだけで……」
「メイは、よく言えば働き者だけど、悪く言うとワーカホリックなところあるものね」
「わーかほりっく?」
「動いてないと気がすまないって感じの人」
「そうかもしれませんね。仕事全部片付けてベッドに入ったのに、何かやり残したことがあるような気がして不安になったり、疲れているのに目が冴えてしまったりで……」
ああ、そういうの前世でも覚えがある。
残業が何日も続いた時の夜って、テンションが上がったまま下がらないというか、アドレナリンが出っぱなしというか、そんな感じの時があるんだよね。
そんな時は、ヨガ教室で習ったポーズで改善したっけ。
「それじゃあ、よく眠れるようになるヨガを教えてあげるね」
「よが…ですか?」
きょとんとするメイ。
「おまじないみたいなものよ。でもすっごく効果あるんだから」
説明するのは面倒なので、とにかくやらせてみた。
最初のコメントを投稿しよう!