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「まずは呼吸ね。鼻で息を吸って、口から吐くの。深く吸って、なるべくゆっくり、細くする感じで息を吐くの」
「すぅーっ! ぷはぁ…っ!」
激しく吸い込んでむせてしまうメイ。いつもターボがかかっているみたいな子だから、呼吸もせわしないのか。
「激しく吸い込むんじゃなくて、深く吸い込むの。ゆっくり、心地良い感じで…うん、そんな感じで。で、ゆっくり吐く。無理なく、心地良い感じていいから」
しばらくすると、良い感じに呼吸できるようになった。次はポーズだ。初心者だから簡単なものにする。
「こ、このポーズ、恥ずかしいんですけどぉ?」
「今はわたししかいないから気にしないでいいわよ」
壁際で仰向けに寝て、垂直になるよう足を壁にもたせかける。むくみの解消とリラックス効果があるポーズなんだけど…スカートはいていると、はしたない姿になってしまうな、これ。
壁ではなくイスを使う方法もあるからそっちにした。要は膝を垂直に立てられればいいからね。
そのポーズで呼吸をさせる。
「どう?」
「なんか、足のほうから、じんわり気持ちいい感じがしてきます……」
三分ほどこのポーズで呼吸してもらい、次に進む。
「じゃあ、次はこっちに来て仰向けになって。両手を広げて、足も肩幅より大きめに開いて」
「このくらいですか?」
「うん、自分が楽な位置にすればいいの。後は、目を閉じてゆっくりと呼吸するの。ゆっくり呼吸して全身の力を抜いて……」
このポーズは屍のポーズ。名前はちょっと怖いけど、大の字で寝てゆっくり呼吸するだけの、簡単なポーズ。
「ぐぅ……」
「うわ、もう寝ちゃったよ。この子」
このまま寝かしてあげようかと思ったけど、これじゃカゼをひいちゃう。かわいそうだけど、軽くゆすると、
「わわっ! わたし寝てましたぁ?」
叫んでメイは文字通り飛び起きた。
「今晩、寝る前に試してみて。不眠は美容と健康の大敵だからね」
「はい! ありがとうございます」
──翌日。
「お嬢さまーっ!」
元気はつらつという笑顔でメイがやって来た。
「すごいです! こんなにぐっすり眠れたのははじめてです!」
異世界だからだろうか。それともメイは素質があるのか。彼女の不眠症は劇的に改善した。
目の下のクマはなく笑顔も明るい。こっちまで元気になっちゃいそうだ。
「お嬢さまのヨガすごいです! まるで魔法ですよ」
「そんなに気に入ったの」
「はいっ! よろしければ、もっと色々教えていただきたいです」
感謝感激のメイは、すっかりヨガの虜である。その姿をみて、わたしは思った。
これでお金をかせげるかも……。
そうだ。ヨガ教室を開こう。
両親も家もアテにならない。もう自分で逃亡資金を稼ぐしかない。
貴族の令嬢や奥さまたちも、美容と健康には大きな関心がある。
彼女たちは、美と健康のためには大金を出すのも惜しまない。
希望が見えて来た!
そうだ! わたしには、ヨガがあるんだ!
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