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それから、わたしはナイトレイのお屋敷に通いながら、ヨガ教室をはじめた。
ヨガ教室のお知らせカードを配り、面識がある人には手紙を出した。でも、なかなか反応はなかった。
毎週、週のまん中〈水の日〉に、ナイトレイ家から迎えの馬車が来て、わたしをヴィクトリアの元へと運んだ。
両親は、娘がヴィクトリアさまに気に入られたと大喜びだった。
わたしが何をさせられているか、知りもしないで。
ヴィクトリアのご学友。その実態は、この国を支配するための計画、そのための資料整理だった。
情報収集は、ナイトレイ家が昔から雇っている一族がやっているらしい。
わたしがするのは、集められた情報の整理と更新だった。
有力な貴族、役人、商人たちの情報を集め、整理し、評価する。
家系、屋敷のある場所、家族構成にはじまり、交友関係、財力、領地の経営状況、影響力の大きさとその範囲。敵に回った場合の脅威度、弱みは何か、ということまである。
こわい仕事だった。CIAとかで働いている気分だ。
こんな仕事、十一歳の女の子のすることじゃないぞ。
ちなみに我がリーヴ子爵家は、評価・最低、財力・ゼロ、脅威度・皆無…並みいる底辺貴族の中でも最低のスコアだった。
知ってたけど、資料で見せられるとちょっとヘコんだ。
ヴィクトリアは、わたしのかたわらで整理された資料を読み込み、時間が空けば魔法学や政治や地理、経済の本を読んでいた。
彼女は、おそろしいほどの努力家だった。
「胃が…胃が痛ひ……」
ヴィクトリアの家に通うようになって半年ほど。わたしは十二歳になっていた。
おそろしいヴィクトリアのそばで、彼女のおそろしい計画を手伝う作業。そのストレスが胃に来ていた。
ヴィクトリアとは必要最小限の会話しかなかったけど、ヘタなこと言ったら殺される相手と、何時間も同じ部屋にいるのだからその緊張感はハンパない。暴君に仕える大臣って、きっとこんな気持ちなんだろう。
ヨガがなかったら、十二歳にして胃潰瘍になってたに違いない。
そのヨガも問題だった。正確にはヨガ教室だ。
逃亡資金調達のためにはじめたヨガ教室だけど、なかなか人が集まらない。
現在、教室の生徒は五人にも満たない。資金は必要額の1パーセントにも届いていない。
改めて計算したら、残り三年で目標額まで稼ぐには、ヨガ教室の生徒は一〇〇人くらいが必要だと出た。
そんなに集められないよ?
その事実が、わたしの胃をキリキリ締め付けていた。
そんなある日、新しい生徒がやって来た。
思いもかけない人が。
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