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なんの用だろ? 今日はいつもの「お勉強」の日ではない。
ヴィクトリアは、気まぐれや思いつきでわたしを呼び出したことはない。気まぐれな暴君だと思っていたわたしには意外だった。
そういえば、ヴィクトリアはわたしの一つ上だから、彼女は今年、魔法学園に入るんだっけ。それに関係した話かな?
迎えの馬車に乗り、通い慣れたナイトレイの屋敷へ向かう。
といっても、わたしが通されるのはほとんどヴィクトリア専用の離ればかりだった。
屋敷本館から小さな庭を隔ててある小さな館。そこがヴィクトリアの離れだ。小さいといっても、本館と比べてのことで、ウチの屋敷より大きいのだけど。
例によって使用人がドアを開けると、玄関ホールにヴィクトリアがいた。
イスに座り、お茶を飲んでいる。なんでホールでお茶を? そう思いつつ挨拶をする。
「ヴィクトリアさま。アスター、お召しにより参りました」
「ご苦労様。こちらに来て、おかけなさい」
足を組み、優雅にこっちにくるよう手で示すヴィクトリア。
十五歳になった彼女は、ますます美しくなっていた。物腰はやわらかく、はじめて会った時のような傲慢さは影を潜めていた。
でも、わたしは知っている。
穏やかな微笑みが、形だけのものだということを。細められた目が酷薄な冷たい色をたたえていることを。
「あなた、〈アルカナ〉は発現していて?」
「はい、ささやかなものですが」
──アルカナ。
それはこの世界で魔法の素質があるものに発現する、特別な能力。
ゲームでいうところの特殊なスキルのことだ。
乙女ゲーム『恋はアルカナ』では、メインキャラ全員がこのアルカナを持っていて、その能力を使う時、キャラの後ろにタロットカード似たアルカナカードが出現する、という演出があった。
「見せてくれる?」
「ほんとうにささやかなものですよ?」
ヴィクトリアの「見せてくれる?」は「すぐ見せろ」という意味である。
でもほんとに大したことない、ショボいアルカナだから、いちおう前置きして「えい」と発動させた。
わたしの手のひら上に、今いる離れの立体映像が出現する。
「わたしのアルカナ『水面の月』です」
「なるほど、幻影というわけね」
そう、わたしのアルカナ『水面の月』は、手のひらの上に小さな幻影を作り出すというものだった。
解像度は高く、本物そっくりだけど、大きさはせいぜい人の頭くらいまで。
「これは動かすことはできるの?」
「はい、わたしが思う通りに。実在しないものでも、わたしが想像出来るものであればだいたいは」
ちょっと考え、イチゴとクリームのケーキの幻影を出す。そこに想像力を働かせ、ケーキから小さな手足を出現させ、ひょこひょこと踊らせる。
「……下らない」
「すいません」
ケーキのダンス。弟や侍女たちには大ウケだったんだけど、ヴィクトリアには不評だった。
「でも使い方によっては、役に立ちそうね。あなたらしい能力だわ」
「ど、どうも……」
ほめられているのかどうかよく分からない。ヴィクトリアの言葉は額面どうり受け取れないから困る。
そこに、執事らしい人がやってきて、「準備ができました」とヴィクトリアに告げた。
ヴィクトリアはうなずくと、
「今日あなた呼んだ用件は二つ。一つは、わたしのアルカナを見てもらうこと」
と言って立ち上がった。
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